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「人形 デュ・モーリア傑作選」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 ヒッチコック映画の原作となった『鳥』や、『レベッカ』で高名な閨秀作家デュ・モーリアの初期短編集。 

「人形 デュ・モーリア傑作選」D・デュ・モーリア著(創元推理文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
判で押したような平穏な毎日を送る島民を突然襲った狂乱の嵐「東風」。海辺で発見された謎の手記に記された、異常な愛の物語「人形」。独善的で被害妄想の女の半生を独白形式で綴る「笠貝」など、短編14編を収録。平凡な人々の心に潜む狂気を白日の下にさらし、人間の秘めた暗部を情け容赦なく目の前に突きつける。『レベッカ』『鳥』で知られるサスペンスの名手、デュ・モーリアの幻の初期短編傑作集。 

 短編14篇収録。
"異常な愛の物語"と紹介されている表題作は、謎めいた美女に恋い焦がれた青年の手記という体裁だが、その美女レベッカ(あの長編とは直接関係はない)が持つ秘密は……むしろ非常に現代的かもしれない。
 その他は主に、夫婦、恋人や家族など人間関係の行き違い、すれ違いや相互理解のズレによって炙り出される"人間同士のわかり合えなさ"を描いた作品が多い。

 デュ・モーリアが収録作で描く人物だが、男性は下心を抑えつつも隠し切れず、女性心理を常に量りかねる単純で短気な人物を、愚かしくもどこかコミカルに描いているのに比べ、女性はどれも自己完結型というか思い込みが激しいというか。男性を含む他人に依存しつつ、相手を己の中で美化しては現実に裏切られ傷つく……そんな身勝手さ、愚鈍さを描写する筆は、自身と同性でありながら(否、同性だからか)かなり辛辣だ。「性格の不一致」の"彼女"、「ピカデリー」の娼婦メイジー、「飼い猫」の母と娘、「痛みはいつか消える」の妻、「ウィークエンド」の彼女……。収録作で唯一ハッピーエンド(に思えるが、実は違っているのかもしれない)を迎える「幸福の谷」の彼女ですら、己の夢想癖をよしとし、その白昼夢が現実に表れたことで勝手に傷ついている。
 また「満たされぬ欲求」「ウィークエンド」は共に、今でいうお目出たいバ※ップルの顛末を書いたものだが、それぞれに対する著者の筆致には、愚かしくも健気な二人に対する苦笑混じりの温かさを感じられる前者に対し、後者には侮蔑すら感じられ、全く容赦ない。

 そして掉尾を飾る「笠貝」の語り手ディリーは、誰かに依存し粘着しては、善意、親切、正しい行為と信じて相手の人生を操ろうとする女性。相手はそれに嫌気が差して皆逃げ出してしまうのだが、ディリー自身は「他人の幸せを優先して常に損ばかりしている」と不満を訴え、相手の婉曲な拒絶に気付けない。……現代では何らかの神経症的な症候群で分類されそうな人物だが、その人物像は不快でグロテスク極まりないのだが、実際にいるよね、こういう手合いは……と気付いた瞬間ゾッとする。
「性格の不一致」は、男性と女性では感想も異なるのだろう。自分には"彼"の気持ちはよく理解できる(苦笑)。こんな女性相手はちょっと勘弁してくれと思うし、最後の一言をぶつけられたら完全にOutだろう。だが、女性が読めばこの"彼"は無神経で思いやり、デリカシーがない、と感じたりするのだろう……。やはり男と女というものは、わかり合えるなどただの世迷い言なのかもしれない―なーんて。

 やや毛色が異なるのが「いざ、父なる神に」「天使ら、大天使らとともに」に登場する牧師ジェイムズ・ホラウェイの徹底した俗物っぷり。実年齢よりも若い見栄えと軽妙かつツボを外さぬ話術で、上流階級や社交界に信徒を数多く集めているが、彼にとって大事なのは神でも信仰でもなく、裕福な信徒たちから得られる賞賛と寄付、そしてその余禄であり、彼にとって得にならない相手は眼中にない。貴族の息子の子を宿した少女が自死しようが、貧しい人々に公平な若い副牧師を陥れて教会から排除しようが、彼には何の呵責もない―という呆れるばかりの利己主義とゲスっぷり。だが聖人面して実際はゲスの極みなんて人間、現実でも珍しくないのか。 

 収録作品に怪奇幻想的な要素は殆どないが、人間関係の中でどこにでもあり得る"わかり合えなさ"を否応なしに突き付けて来る、何とも厭な"怖さ"がある。 

 なお、同じく創元推理文庫から4年前に刊行された短編集「いま見てはいけない ―デュ・モーリア傑作集」に収録された作品は、本書よりも後年のものだけあってか、不条理あり、幻想あり、SF風ありとより幅広い作風が愉しめる。

「いま見てはいけない―デュ・モーリア傑作集」D・デュ・モーリア著(創元推理文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙より)
ヴェネチアで不思議な老姉妹に出会ったことに始まる夫婦の奇妙な体験、映画『赤い影』の原作「いま見てはいけない」、急病に倒れた牧師の代理でエルサレムへのツアーの引率役を務めることになった聖職者に次々と降りかかる出来事「十字架の道」など、日常を歪める不条理あり、意外な結末あり、天性の語り手である著者の才能が遺憾なく発揮された作品五篇を収める粒選りの短編集。 

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コメント 4

lequiche

デュ・モーリア、名前は知ってますけど
読んだことありません。
創元推理文庫という名前が懐かしいです。
レベッカ読む前にこういう短編から読むほうが
入りやすいかもしれませんね。
閨秀作家という言葉にも惹かれます。
おぉ、そういう言葉があったか! と思って。
ダブルミーニングっぽいし。(^^)
by lequiche (2017-02-14 17:16) 

るね

>lequicheさん
デュ・モーリアの短編集なら、同じく創元推理文庫の『鳥』がおすすめです。有名な作品ですし、その他も作風も色々あって愉しめますし。
"閨秀作家"という言葉、昨今はあまり使わないかもしれませんね。もとより、この言葉の響きがしっくりくる作家さんがあまりいない、かも……って言ったら石礫が飛んできたりしてw

by るね (2017-02-14 23:25) 

きよたん

読みたくなるような解説です
創元推理文庫 懐かしい響き
by きよたん (2017-02-15 22:08) 

るね

>きよたんさん
一篇あたりは短めなので、散策途中の休憩のお供になぞ、いかがでしょう。読んでて楽し~♪って本ではありませんが(^^;)
by るね (2017-02-16 00:27) 

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