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「ファンタジーへの誘い 海外SF傑作選9」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 講談社文庫から昭和50年代に刊行されていた「海外SF傑作選」シリーズの最終巻、”ファンタジー編”。

「ファンタジーへの誘い 海外SF傑作選9」編)伊藤典夫(講談社文庫)

◆内容紹介(裏表紙から)
茫漠たる宇宙に於ける人間という小さな存在。
その大いなる孤独をSFならではの手法で描くファンタジー13篇。

 昨年6月に「古書 七七舎」(国分寺)にて「海外SF傑作選」シリーズ全9冊のうち、7冊が出ていたのをまとめて購入した内の1冊(残り2冊のうち1冊は昨秋の神保町、神田古本まつりで入手)。
 同シリーズは元々、日本SF界の巨人の一人、福島正実氏の編纂により1973年に芳賀書店から全10巻で刊行されていたもので、これを再編してまとめたのがこの講談社文庫版の第1~8巻だった。福島氏が1976年に急逝した後伊藤典夫氏がバトンを引き継いだものがこの9巻であったらしく、文庫オリジナルとなる。【8/10一部訂正】

 ファンタジーと聞くとどうしても魔法使いやらドラゴンやら勇者やら中世ヨーロッパ的風景描写やら……それこそドラクエや「ロード・オブ・ザ・リング」みたいなイメージを想い起こしてしまい(その発想が死ぬほど安直なことは百も承知で)どうも苦手というか食わず嫌いなところがあって避けてしまうところがあった。が、今回はSF傑作選の1冊であり、他巻の収録作も比較的面白く読めたものが多かったので、ものは試しとばかりに。

 全13編収録。

死神よ来たれ(P・S・ビーグル)
 ジョージ2世の治世下のイギリス、日毎パーティーに明け暮れる老貴婦人がいた。全てに飽いた彼女は「パーティーに死神を主賓に招く」と宣言する。死神の意外なキャラクター造形が面白い。前半で老婦人の傲慢さを表すある描写があるが、厳密な階級社会だった当時の英国なら無理ないことだろうし、それが結末への布石になっている

不可視配給株式会社(B・W・オールディス)
 新婚夫婦の家の前に故障か何かで止まっていたトラック。乗っていた男を家に招じ入れると、彼は扱っている"売り物"について話を始める。男と女、夫婦間の意識のギャップとは昔も今も変わらないのか。結末は……いつの世も往々にして女性は男性よりも強かで賢明なのだなあ、とw

大いなる旅(フリッツ・ライバー)
 砂漠の真ん中で目覚めた「私」は、そのすぐ近くで種々雑多様々な動物が果てしない行列を作って進んでいくのに気付く。「私」はその行進に加わるが……。旧約聖書中のあの、つとに有名なエピソードのイメージか

この卑しい地上に(フィリップ・K・ディック)
 家族や周囲から魔女呼ばわりされる娘は、奇妙な存在と交信する儀式に熱中していた。恋人は彼女を必死で止めようとしていたが……。「ある存在」が何者なのかわかり辛いが、前半のダーク・ファンタジー風の雰囲気から一転、後半の眩暈を誘うような悪夢への展開が凄まじく、また著者が後年の作品で描き続けたテーマに連なっているのを読むと、初期の作品ではあれども実にディックらしいというか

ふるさと遠く(W・S・テヴィス)
 ある夏の朝、老人は自らが管理人を務めているプールに巨大なクジラが浮いているのを発見する。今回の収録作で最も気に入った一篇。ぜひ絵本にして欲しい

十三階(ウィリアム・テン)
 オフィスビルの専従管理人を訪ねて来た長身と小人の男二人組。彼らはそのビルにない13階フロア全部を借りたいと奇妙な申し出をしてくる。昨今ちょっとした流行りの物件ホラーの変奏ともいえるか。コメディのような展開から一転、悪夢的なラストを迎えるのはこの作者の味かも

闇の旋律(C・ボーモント)
 ハイスクールで生物学を教えるメイプルは、厳格な宗教的倫理観に基づいて現実的な性教育を拒否する一方、同僚のスキャンダルを保身に利用する女性だった。ある日の課外授業中、彼女は森の中で不思議な音楽を耳にする。純潔や清らかさを信奉する一方で、同僚の色恋や不貞を嬉々として利用する狡猾さを持つ主人公が何とも嫌な人物。彼女に起きたことは、抑圧された性衝動が生んだ妄想や幻覚……なんて解釈は無粋か。最後の1行が、彼女に対する周囲の評価を明確にしているのだろう

順応性(C・エムシュウィラー)
 娘に向けた母親の手紙という体裁で書かれたと思しき体裁の一篇。自らの風貌の異質さを隠すため、髪を染め顎を削る整形手術を受け、平穏に迎合し続けた母親が、娘にはその異質さを隠すことなく、自分らしく生きよと諭す―。根底にあるテーマは「女性らしさの解放」だろうし、あるいは様々な意味でのマイノリティと呼ばれる人々―といった現代的なものにも通じるだろうが、何とも不思議な手触りの話でもある

街角の女神(M・セント・クレア)
 貧しい独り身のポールはある日街角で女神と出会い、家に連れて帰る。女神は年老い、疲れ切っていた。ポールは女神にお世話をさせて欲しいと懇願する。力を喪った神であろうとその庇護下にいたいと願う人間がいる、ということか。ある点では収録作中最も残酷な一篇かも知れない

みにくい海(R・A・ラファティ)
「海はみにくい」と力説する苦虫ジョン。その理由を問われ老人は船乗りになったある男の話を語り出す……。ホラ話のような童話のような一篇。強かなツンデレ娘に振り回される男の悲哀と思いきや……うん、男ってやっぱアホだ

名前の掟(A・K・ル・グウィン)
 丘のふもとに住むアンダーヒル氏は魔法使いだったが、その凡庸な人柄とイマイチな魔法故、サティンズ島の村人たちからは気のいい隣人扱いをされていた。ある日、島に若い旅人が舟で訪れる。いわゆる中性的ファンタジーの世界観(あの『ゲド戦記』にも通じてるらしい)で、クライマックスの戦いの場面ですらファンタジックなのだが、ラスト数行の絶望感たるや。見事なまでのバッドエンドがむしろ痛快

きょうも上天気(J・ビクスビィ)
 その村では、全ての村人が三歳になるアントニー坊やに"考え"を読まれることを―家族ですら―極度に恐れていた。ミュータント、あるいは"アンファン・テリブル"テーマにも含まれるか。牧歌的なタイトルに反し、作中を覆う絶望感が強く印象に残る

ゲイルズバーグの春を愛す(ジャック・フィニィ)
 地元の新聞社に勤める「私」は、その街に大型工場を建設する計画を急遽撤回した社長に話を聴いていた。男は前夜、路面電車に危うくはねられるところだったというが、その街ゲイルズバーグの市電はとうの昔に廃線になっていたのである。これが表題作になったフィニィの短編集で既読。時代と共に変化し、往年の姿が失われることを嫌うのは、何も人ばかりではないのか。ノスタルジックなファンタジーという雰囲気だが、過去に囚われ続けるというのはよくよく考えると、恐ろしくもある。

 読了してみると、自分が持っていたファンタジーという言葉のイメージが偏狭だったことに気付かされる。もちろんSF傑作選の中で選定された作品だからということもあろうが、予想以上に愉しめたという感想。


「世界SF傑作選」はこれで手持ち分の8冊を読了。他の巻も暇を見て感想などまとめてみようかと。
※8/10追記 アンソロジー編纂の経緯に関する部分で、Twitterでご指摘をいただいたため修正しています。ありがとうございました。

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