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「怖いクラシック」 [Book - Public]

 8つの「恐怖」のキーワードを切り口に、偉大な作曲家とその作品、西洋音楽史を概観する。 

「怖いクラシック」中川右介(NHK出版新書刊)

◆内容紹介(カバー見返しより)
クラシック音楽は、いつかららか「癒しの音楽」と喧伝されるようになったが、その王道は「怖い音楽」に他ならない。父、死、神、孤独、戦争、国家権力―。名だたる大音楽家たちは、いかにこれらの「恐怖」と格闘し、稀代の名曲を作り上げてきたのか。モーツァルトからショスタコーヴィチまで、「恐怖」をキーワードに辿る西洋音楽史の二〇〇余年。

 ホラー映画をはじめとした映像作品において、恐怖感を盛り上げる上でのBGMの重要性は今更触れるまでもない。映像ばかりでなく、曲単体でも聴き手に何らかの"怖い"イメージを喚起させ、「怖い」音楽だと思わせるものも、世の中には数多くある。
 あるいは、何らかの恐ろしい、強烈な印象がある曲と結び付いてしまい、曲を聴くたびにその記憶が甦る―ということもある。これはかなり限定的な個人体験に依るのだろうが。

 20数年前、大学の生協辺りで購入したクラシックのコンピレーションCDが手元にある。クラシック曲を様々なテーマ別に揃えたシリ-ズの1枚で、「グレイテスト・ヒッツ1200 死者もよみがえる…?」なるタイトル。「おどろおどろしい曲ばかり選んでしまった肝だめし的アルバム」とのこと。
 バッハ「トッカータとフーガ ニ短調」の管弦楽Ver.に始まり、サン=サーンス「死の舞踏」、ムソルグスキー「はげ山の一夜」、ベルリオーズ「幻想交響曲~断頭台への行進」、リスト「メフィスト・ワルツ」などが収録されているが、殊更おどろおどろしい、「怖い」というわけでもなし(「はげ山の一夜」だけは、ゴヤのこの絵を常にイメージしてしまうが)。

 本書も、書店の店頭で一見した際、そういった曲を採り上げたものかとも思ったが、実際に手に取ってめくってみると、むしろ中野京子女史による「怖い絵」シリーズのクラシック版のような本かと気付く(実際、本書がそのシリーズから着想を得たことを、著者が「まえがき」で述べていた)。 

  • はじめに―美は「恐怖」に宿る
  • 第一の恐怖 父―モーツァルトによる「心地よくない音楽」の誕生
  • 第二の恐怖 自然―ベートーヴェンによる「風景の発見」
  • 第三の恐怖 狂気―ベルリオーズが挑んだ「内面の音楽化」
  • 第四の恐怖 死―ショパンが確立した「死のイメージ」
  • 第五の恐怖 神―ヴェルディが完成した「宗教のコンテンツ化」
  • 第六の恐怖 孤独―ラフマニノフとマーラーの「抽象的な恐怖」
  • 第七の恐怖 戦争―ヴォーン=ウイリアムズの「象徴の音楽」
  • 第八の恐怖 国家権力―ショスタコーヴィチの「隠喩としての音楽」

 モーツァルトで始まり、掉尾を飾るショスタコーヴィチまで、父、自然、狂気、死、神、孤独、戦争、国家権力という8つの「怖い」キーワードを切り口に、偉大な作曲家とその作品群、各々の時代背景を読み解いていく。

 確かに、本書内で採り上げられた曲を見ると、ベルリオーズの「幻想交響曲」を除けば、前述のCDに収録されたような曲はほぼ登場しない。「怖い怖い」といいながらも、ホラー映画の劇伴のようなショッカー的音楽―著者は”インタープンクト”と称している―を紹介しているのではなく、あくまでも作曲家たち中心に、当時の文化風俗も併せて西洋音楽史を概観しているスタンス。さらには、交響曲やオペラ、レクイエムといったジャンル別の略史としてもまとめられている。
 その意味では本書のタイトルは虚仮おどしと見えなくもないが、「クラシック音楽=癒し」という、巷の安直(かつ誤った)な印象を覆す、大作曲家たちが対峙し格闘してきた"恐怖"こそが音楽史を作り上げてきた―という、著者の主張を端的に表す意味では、このタイトルになるのだろう。

 第七、八章で書かれているヴォーン=ウィリアムズや、ショスタコーヴィチの交響曲第5番以外は未聴なので、Youtube辺りでさわりだけ聴いて見ながら、その章を再読してみようか……な。 


 ちなみに、Amazonでの本書のレビューを見てみると、曲そのものが”怖い”と思わせられるようなクラシックのCDもいくつかあるらしい。 収録曲を検索してみると……ちょっと興味あったり、なかったり。 

 

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