「文豪山怪奇譚 山の怪談名作選」 [Book - Horror/SF/Mystery]
明治~昭和初期の文豪による山の怪談アンソロジー。
◎「文豪山怪奇譚 山の怪談名作選」 編)東雅夫(山と渓谷社刊)
◆内容紹介
文豪たちが遺した異世界としての「山」。斯界の雄・東雅夫の選によるかつてないアンソロジー。
われわれ日本人にとって、最も身近な「異界」である山々は、山神や山人、鬼や天狗、狐狸や木精といった魑魅魍魎のふるさとであると同時に、日本の怪談文芸や幻想文学の豊饒なるふるさと、原風景でもある。
近代の文豪から現代の人気作家まで、数多くの作家が、深山幽谷を舞台とする神秘と怪異の物語を手がけてきた。
本書は、山を愛し読書を愛する人々にとって必読の名作佳品を集大成した史上初のアンソロジー企画。
- 収録作品
千軒岳にて 火野葦平
山の怪 田中貢太郎
くろん坊 岡本綺堂
河原坊 宮沢賢治
秋葉長光―虚空に嘲るもの 本堂平四郎
百鬼夜行 菊池寛
鉄の童子 村山槐多
鈴鹿峠の雨 平山蘆江
薬草取 泉鏡花
魚服記 太宰治
夢の日記から 中勘助
山人外伝資料 柳田國男
編者解説 東雅夫
山というものは日本人にとっても身近でなじみ深く、その一方で現代もなお”異界”としての貌も持ち続けている領域であることは、今さら言うまでもない。山歩きとか登山とか、そっち方面のアウトドア的活動にはほとんど縁のない自分ではあるけれども、過去にブログにも書いた安曇潤平氏の「赤いヤッケの男」や「黒い遭難碑」などの山岳怪談集で、登山とは薄紙一枚隔てて”死”というものがある―ということを思い知ったわけで(↑はフィクション部分もかなり含まれてはいるようだが)。
本書はこの手の怪談集やアンソロジーを出しているような出版社でなく、至極まじめな(って、怪談本を出している出版社が不真面目ってことじゃないが)登山等のアウトドア、旅行やスキー等の専門誌、書籍類を刊行している、山と渓谷社から刊行されている。 安曇氏の山岳怪談と同系列とも言える『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘著)がちょうど1年前に刊行され、評判になったこともあるのだろう。
で、中身は上記の通り、近代の文豪による”山”を舞台とした怪談奇譚集ということなのだが……。
山に棲む異形との異種婚譚、凄絶な因果譚ともいえる岡本綺堂「くろん坊」や、峠越えで不可解な男女二人連れにつきまとわれる平山蘆江「鈴鹿峠の雨」などは純粋な怪談としての怖さ。噴火した火山と河童達の様を鮮やかに幻視した「千軒岳にて」(火野葦兵)や、剛胆な猟師が山の妖に翻弄される様を、恐ろしくもどこかとぼけた味わいで描いた、田中貢太郎の掌編「山の怪」、主君の代参を命じられた豪傑の化物退治譚「秋葉長光―虚空に嘲るもの」(本堂平四郎)等もあるが、その他はややファンタジックであったり、これが山の怪談?と首を傾げてしまうようなものも。
巻末の柳田國男「山人外伝資料」は、山人と呼ばれる存在の説話を柳田が解説と共に紹介したもので、子供向けの昔話や民話に登場する山男、山姥、山童等々が、昔日に逐われて山へ入った前住民の末裔であるという説もなるほどと頷ける(柳田は山人とサンカを区別しているが)。
開発が進み相当の範囲で拓けたと思われる現在もなお、ある面で"異界"として在り続ける「山」。江戸や明治の時代は、現代からは想像もつかぬほどに別世界であり、不可思議な存在もまた、生命を持って其処に息づいていたのだろう。
全体として、この編者らしいアンソロジーだな、という印象だが、別レーベルの文庫として出ていたとしたら、果たして手が伸びていたかどうか……。
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