SSブログ

「山の霊異記 ケルンは語らず」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 山岳怪談の第一人者による「山の霊異記」シリーズ第5弾。

「山の霊異記 ケルンは語らず」安曇潤平著(角川文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
雪山の避難小屋に響く、ドアを叩く音と叫び声……その意味を理解した瞬間、猛烈な恐怖にとらわれる(「雪山の叫び」)。北アルプスの雄大な自然の中、一人テント泊を楽しむ男が目撃した、異様な光景とは……(「奥又白池の残影」)。数々の奇跡的な生還を遂げた山男が、屏風岩の登攀でパーティに頼んだ切実な願い(「不死身の男」)。現実と地続きでありながら、異界としての山の風景と霊気を存分に堪能できる21篇。本当に怖い山岳怪談。


 シリーズ第4弾「霧中の幻影」をこのGWに読了したばかりだが、今月にこちらが新刊として出ていたので早速購入→読了(シリーズの既刊と作風の変化等については、過去記事や前回の「霧中の幻影」にて)。

 かつての本格的登山から低山への日帰りの山歩きにシフトしてことで、著者本人の体験談(を基にしている)話は、中途の景色や山行の状況などの描写の量が増えており、一段とエッセー色が強まっている感がある。そうして後半になって何となく違和感を覚えるようなことが起きたり、ラストで自分の体験が「不思議な話」であったことに気付くような展開の話が多くなっている(「鈴の音」「稚児落とし」「悪い人」「三日月の仮面」)。

 その一方、オーソドックスな怪談に括られるような話(「雪山の叫び」「奥又白池の残影」)や、山に存在し人間に害を為す存在について語った話(「綱引き」「最後の日記」)も散見されるが、その多くは著者の友人や山仲間の体験談―という体裁で語られる。
 恐怖譚に含まれるのは何も心霊系だけでなく、怖い人間も登山をしており、それも山の恐ろしさなのだと思い知らされるような話もある(「埋まっていたもの」「ブランコ」)。

 幽冥境を異にする相手との邂逅や触れ合い、あるいはそれを通じての生者との別離を描いた作品(「なんじゃもんじゃ」「典子ちゃん」「幸せな背中」「かくれんぼ」「仙気の湯」等)が以前よりも増えてきたように思えるのは、著者自身の心身の健康状態も影響しているのかもしれない。

 登場する幽霊が生々しいというか実体感あり過ぎなのがこの人の怪談の特色でもあるのだが、今回はテント内を歩き回る幽霊の足を掴んだり(「戸惑いの結末」)や、さらには女性の幽霊となんと××××してしまうという、オチまで含めてまるで古典落語の艶噺のような「美人霊の憂鬱」など、「んなアホな?!」とツッコミ必至。

 ネット上の感想を見ると「これは創作小説で実話怪談じゃない」と批判しているものもあるが、作品に創作や脚色を含んでいることは著者自身が述べていることであって、「全て実話」と謳っているわけでもないのだから、まぁいいじゃないのと思うんだが、このシリーズを未読の人が本書を手に取ったら心霊系の実話怪談集と思うのもやむを得ないのかもしれない。

 もとより「怪談」って必ずしも実話ばかりじゃあない、と思うのですがねぇ。


 著者の最近のツィートを見るとまた健康状態をやや損ねているご様子。
 世の中こんな状況だけに、とにかくご自愛いただきたいと切に思う。

banner_03.gifにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ ブログランキングに参加しています。
   ↑よろしければ ↑1クリック お願いいたします。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「M.R.ジェイムズ怪談全集〈1〉」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 英国怪奇小説の巨匠として名高い、M.R.ジェイムズの作品集(分冊の第1巻)。

「M.R.ジェイムズ怪談全集〈1〉」M.R.ジェイムズ/訳)紀田順一郎(創元推理文庫刊)

◆内容紹介
ミステリにおけるコナン・ドイルと並び称されるイギリス怪奇小説の巨匠、M・R・ジェイムズ。彼が学究生活のかたわら創作し、友人や学生たちに語り聞かせた怪談の全てを2巻に収める。第1巻にはラヴクラフトをも嘆息せしめた傑作「マグナス伯爵」や、ありえぬ部屋の怪を描く「十三号室」など、古書・古物趣味に彩られた恐怖の愉しみ溢れる15篇を収録。ホラーの真髄ここにあり。


 このブログを覗くような奇特な人もとい怪奇幻想小説に関心がある方には、M.R.ジェイムズがA.マッケン、A.ブラックウッドと並ぶ近代英国怪奇小説の三巨匠―などといった言辞は今さら無用だろう。
 ジェイムズの短編集というと「消えた心臓/マグヌス伯爵」が先月に光文社古典新訳文庫から刊行されたばかりだが、今回の創元推理文庫版もそちらの内容をほぼ網羅している。訳者が異なる(光文社版は南條竹則氏訳)上、創元版は1、2とも絶版なので、光文社版が新たに出たことはかなり意味があることかと。
 もとより、この創元版の怪談全集2分冊が、著者存命中に出版された1冊版全集(1931)を(未収録の6篇も加えて)新たに訳したものだそうなので、光文社でもそのうち続編として出ない……かな。
 こちらは今年2月に国分寺市の早春書店にて購入。1、2合わせて状態がかなり良かった。

 学者、教育者として生涯を送ったジェイムズにとっては怪奇小説の著作は生業ではなく、あくまでも趣味性の高い副業みたいなものだったようで、それ故に商業的なことを優先的に考えることもなく、どこまでも「自分が好きなもの、面白いと思うものを書く」というスタンスが可能だったのだと思う。その点ではある程度パターンが決まったものが多いとも言えなくもないが、愉しんで書いている余裕も感じられる。


◎序
(1931年版) ……上記の全集の序文
◎好古家の怪談集 ……こちらを訳したのが光文社古典新訳文庫版
・序(1904年版)
・アルベリックの貼雑帳
 17世紀の貴重な写本。何かに怯える堂守はそれを安価で譲るという……。ジェイムズ怪談の処女作。友人が描き初版本に掲載された挿絵が使われている(2枚)
・消えた心臓
 年の離れた従兄に引き取られた孤児の少年。その家では以前にも2人の子供が引き取られていたことを聞くが。ペロー「青ひげ」の変奏といったところか。凄惨なラストが印象的。
・銅版画
 馴染みの画商から送られた銅版画。美術館員はそれが時間を追って変化していくことに気付く。「変化していく絵」という芸術怪談ではおなじみのテーマなのだが、結末は今一つ。
・秦皮の樹
 魔女裁判に関わった貴族が変死した部屋。屋敷を継いだ息子はある日からその部屋で寝起きすることとなったが。「魔女の呪い」がテーマ。ラストのグロテスクさは収録作随一。
・十三号室
 デンマークのある宿の12号室に泊まった男。ある夜、隣室が案内されていない13号室になっているのを目にする。「存在しないはずの部屋」が題材だが、なぜそれ以前は気付かれなかった?
・マグナス伯爵
 ある男が遺したスウェーデン旅行記の草稿。そこには、現地の貴族の初代当主の事績に惹かれていく男の様子が描かれ……。酷薄な伯爵に無意識に惹かれていく様が薄気味悪い。気付いた時には手遅れ、ってか。
・笛吹かば現れん
 休暇で保養地を訪れた大学教授は、礼拝堂の遺跡で金属製の古い笛を拾う。アンソロジーでも頻出の名作の評高い一篇だが、クライマックスで現れる※※※の怪物というのがどうにもユーモラスに思えて怖さが感じられなかった……のだが、挿絵を見ると、うん、怖いかもw
・トマス僧院長の宝
 かつて僧院長が秘宝を隠したと伝えられるドイツの修道院。その謎を記した暗号を解読した男は従僕を伴い現地へと向かう。短いながら三部構成になっており、暗号の謎解きが他作品とは異なる趣を添えている。

◎続・好古家の怪談集
・序(1911年版)
・学校綺譚
 ラテン語の教師はある生徒が提出した作文の答案を妙に気に掛ける。生徒は「無意識にそれが浮かんだ」と語るが……。オチを兼ねた後日譚がやや唐突。
・薔薇園
 敷地内にある朽ちた四阿を整備し薔薇園を作ろうとした夫人は、元の地主であった女性から、子供の頃に其処で自分の兄が見た奇妙な夢の話を聞かされる。いや、そんな曰くがあるなら最初に言ってよ、と言いたくもなるw
・聖典注解書
 閉館間際の図書館にある本を探しに来た初老の男。頼まれて書架へ探しに行った図書館員はその本がタッチの差で貸し出されていたことに気付き……。王道のジェイムズ怪談に遺産相続の謎解き、さらにロマンスのトッピングまで添えた一篇。ここまでハッピーエンドなのも珍しい。
・人を呪わば
 学会での講演を拒否された男は何かと不穏な噂の絶えない人物だった。彼の著書を手ひどく批判した人間はその後変死を遂げていたことがわかる。魔術師から逆恨みされた学者がかけられた呪いを切り抜けるために奮闘するスリリングな一篇。
・バーチェスター聖堂の大助祭席
 急死した教会の大助祭(教会の職制)。語り手の「私」は偶然手にした資料から大助祭の死の秘密を知るに至る。温厚篤実と評判だった大助祭の秘められた過去とそれが受ける報いを日記や書簡類から記した―という体裁で、サスペンスフルなことでは随一。
・マーチンの墓
 17世紀に殺人の罪で絞首刑になった若い男。現地の人間はその男が、殺めた若い娘の亡霊に悩まされていたと語るが。殺人で死刑となった男の裁判の模様が大半を占めるが、当時の階級社会的な視点も垣間見える。
・ハンフリーズ氏とその遺産
 生前面識のなかった伯父から邸宅と土地を遺産として継いだ若者。その庭に櫟(イチイ)の植え込みで作った迷路があり、伯父はそこへ誰も立ち入らせなかったという。迷路や怪異にまつわる因縁などは曖昧なまま、何ともモヤモヤの残る一篇。

『好古家の怪談集』の作品は、
 ある人間が旅先その他で何らかのもの(邸宅、墓所、その他の事物)に触れる
 →そこに何かしら曰くがあることが語られる
 →次第に周囲で奇妙な変異が起こる
 →クライマックスで変異は怪異となって姿を見せる
 →伝聞などの体裁で曰くについての補足や後日談が手短に語られる
といった、ある程度似通ったパターンで書かれている(暗号による謎解きが書かれた「トマス僧院長の宝」もあるが)。結末や曰く、因縁等についてはさらっと流され、くどくどしく描かれないのが特色ともいえる。
 一方『続・好古家の怪談集』の作品は、「聖典注解書」「バーチェスター聖堂の大助祭席」などのミステリ仕立てのものや、魔術師vs学者の駆け引きがテンポよく描かれた「人を呪わば」などバリエーションに富んでいる。
 ジェイムズ作品でアンソロジーに収録されるのは「笛吹かば現れん」「マグナス伯爵」「銅版画」など『好古家の怪談集』からの作品が多いようで、この味がジェイムズ作品の魅力とも言えなくもないが、読み物としてより面白いのは『続~』収録作ではないかとも感じられた。恐怖譚としては読み手にインパクトを与えつつも、正調な英国怪奇小説としての雰囲気を醸し出しているのは『好古家』の方かもしれない、が。

「専門が古代研究であるから、題材は古いものにとったものが多い。―その因縁的怪異を現代とのかかわりあいのなかで語る。その結構の巧みさ、洗練された話術のうまいことは、まず右に出るものがない」
「最初はさりげない、ごく日常的な書き出しから始めて、しだいに暗怪な雰囲気をかもしだしてながら、静かな、そしてたしかな語りくちで、あの手この手、累々層々と、第一、第二のクライマックスへと盛り上げてゆく」
とは平井呈一によるジェイムズ評である。

banner_03.gifにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ ブログランキングに参加しています。
   ↑よろしければ ↑1クリック お願いいたします。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「幻想と怪奇 傑作選」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 1973年4月~74年10月まで計12冊が刊行された伝説の雑誌『幻想と怪奇』の傑作選。

「幻想と怪奇 傑作選」監修)紀田順一郎・荒俣宏(新紀元社刊)

◆内容紹介
1973年4月、雑誌〈幻想と怪奇〉創刊。当時からすでに幻想文学紹介の先頭に立っていた紀田順一郎・荒俣宏による、文字どおりの「我国最初の幻想怪奇文学研究誌」だった。翌74年10月号の休刊まで12号を発行、1年6ヶ月という短い期間ではあったが、名のみ知られた数々の名作を掲載し、後の幻想文学出版の礎石となった。休刊から45年。ここに〈幻想と怪奇〉掲載作および、評論、コラム、書評を厳選し復刻。寄稿者による書き下ろしエッセイと、〈幻想と怪奇〉の前身と言うべき幻の同人誌〈THE HORROR〉全4号を収録した、幻想文学愛好者必携の一冊。

 かつて『幻想と怪奇』のオリジナル版(という言い方が適切かどうかはさておき)が刊行されていたのが47、8年前。当然その頃のものを自分が知る由もないし、10代の頃にこの怪奇幻想恐怖小説の泥海にハマるようになってからも、最初は翻訳もの、国内作家もの問わずモダンホラー方面ばかりに目が向いていたため、かつて『幻想と怪奇』というその手の専門誌があったと耳にはすれど、あえて古書を渉猟しようという気までは起きてこなかった。
 ってまぁ、そんなことはどうでもいい。

 今年2月に新紀元社から新創刊となった同名誌のパイロット版というか、Vol.0的な意味合いもあったんだろう。折しも昨年8月には「幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成」が創元推理文庫から刊行されていたが、その流れも何らかのかかわりがあったんだろうなと。
 当時の誌面で邦訳が紹介され、後に書籍に収録された作品は数多いが、今回の傑作選は未収録のものが選ばれたとのこと。

 各作品について一言感想
ジプシー・チーズの呪い(A.E.コッパード)
 ジプシーからチーズのレシピを騙し取った男が受ける報い。クライマックスからの畳み掛けが印象的
闇なる支配(H.R.ウェイクフィールド)
 美しく退廃的な家庭教師の女性に"支配"された少年の異常な記録。ウェイクフィールドがこんな作品を書いていたとは驚かされた。てか筋書きだけならR18よこれw
運命(W.デ・ラ・メア)
 長い旅から戻った旅人が、我が家の近くで出会った馬車。彼は自分の村まで乗せてもらうが……。物悲しく残酷な掌編
黒弥撒の丘(R.エリス・ロバーツ)
 異教徒が儀式を行ったという伝承のある〈犠牲(いけにえ)の丘〉で"私"が見た異様なものとは。マッケン「パンの大神」もそうだが、非キリスト教的モチーフというのは彼ら欧米の、特に怪奇幻想作家にとっては魅力的なモチーフなんだろう
呪われた部屋(A.ラドクリフ)
 伯爵の城館の「呪われた部屋」に泊まることを希望した騎士を待つ運命。長編の抄録みたいなものらしいので、前後関係や登場人物が今一つわかりにくい
降霊術士ハンス・ヴァインラント(E.シャトリアン)
 狂信的な降霊術士が図った世界への復讐とは……。マッド・サイエンティストテーマの変奏ものみたいなもの、とも言えなくもないか
(メアリー.W.シェリー)
 名門最後の一人となった美しい女伯爵の物語。編者序文には「ゴシック趣味の旧套を誰よりも早く脱ぎ棄てた先覚者」とあるが、この作品はそれこそゴシック趣味じゃないのかなあ……と。
子供たちの迷路(E.ランゲッサー)
 申し訳ないがよくわからない。こういう作品は苦手。
別棟(A.ブラックウッド)
 夜毎自分をこっそり訪う存在を見つけようと、立入りを禁じられた屋敷の別棟に踏み込む少年。読み始めてから「翻訳編吟」さんの同人誌で読んでいた作品と気が付いた。
夜窓鬼談(石川鴻斎)
 江戸後期~大正時代の詩文家による随筆。鬼神論、牡丹灯籠、冥府(彼の世)について
鬼火の館(桂千穂)
 戦時下、密やかな恋に揺れる若い未亡人と、彼女を慕う義弟……。運命の皮肉。自転車のライトが鬼火に見えるのは、闇が濃かった往時ならではか
誕生(山口年子)
 三姉妹の次女に起こった異変に翻弄される裕福な家族。次女は"闇が近付いてくる"と怯えるが……。ラストは衝撃的だけれども、何か物足りないというか「どういうこと?」という感想が拭い切れない

 今回収録された作品は、自分の酷く偏った好みからするとどうも今一つ。むしろ特別収録された同人誌「THE HORROR」の方が面白かったのも正直なところで。
裏庭(J.Pブレナン)
なぞ(W.デ・ラ・メア)
だれかがエレベーターに(L.P.ハートリー)
オハイオの愛の女像(A.ジェイムズ)
ムーンライト・ソナタ(A.ウールコット)
死刑の実験(J・ウェイト)
 デ・ラ・メア「なぞ」はこの手のアンソロジーのマスターピースなのでさておき、他は煽情的だがストレートな恐怖譚として単純に愉しめた。
 その他、当時の評論、書籍レビュー、全巻の編集後記等も載っていて興味深い。



 なんかやけに読了に時間がかかった気がする……。

banner_03.gif
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ ブログランキングに参加しています。
   ↑よろしければ ↑1クリック お願いいたします。

nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。