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「小説現代」2020年9月号 [Book - Horror/SF/Mystery]

 真夏の怪談特集「超怖い物件」。
「小説現代」2020年9月号(講談社刊)

◆内容紹介
[特集]真夏の夜の悪夢 超怖い物件――そこに住んではイケない。
「こんな話は、頭で考えても作れない」執筆者の一人はこう語る―。土地に張り付いた怨念は消えない。実話怪談の怖さを味わえる最恐の十編。
大島てる 「倒福」/福澤徹三 「旧居の記憶」/糸柳寿昭 「あつまれ 怪談の日記」/宇佐美まこと 「氷室」/花房観音 「たかむらの家」/神永学 「妹の部屋」/澤村伊智 「笛を吹く家」/黒木あるじ 「牢家」/郷内心瞳 「トガハラミ」/平山夢明 「ろろるいの家」
・その他(略)

 ジャンル専門誌である二誌(『NightlLamd Quarterly』『幻想と怪奇』)を除くと、この手の小説誌を購入することはー今回のような怪談・ホラー特集以外はーほとんどない。が、今回はTwitterのタイムラインで流れて来たのを見て「おっ、これは!」……ということで、発売日の8/21に早速購入してきた。

 事故物件に住んだ芸人の体験談を基にしたホラー映画が公開され、同テーマのホラーアンソロジーが話題になったりと、ある意味では今夏の怪談・ホラーのトレンドにもなっていた「物件」ホラー。住む場所というものはどんな人間にとっても、どんな形であれ何らかの関りがあり、記憶があるものだから、そこに起こる怪異や恐怖、不思議な体験もまた身近に感じられるんだろう。もちろん、近年何かと話題に上る事故物件公示サイトの存在も大きいのだろうが(その管理人が今回寄稿している)。

 今号はこのテーマで10篇掲載。併せてシンガーソング・ライターの大塚愛による小説家デビュー作、しかもホラー短篇が掲載されているということで、こちらも。

倒福(大島てる) 
 2017年4月に起こった「大島てる」管理人殺害予告の脅迫事件。半年後に犯人は逮捕、罰金刑を受けている。その犯人の父親から管理人宛に届いた手紙の文面-という体裁。この事件や経緯は実話だが、この手紙に書かれていることは全て本当に犯人の父親が書いたのか、それとも実話に創作が混じっているのか……。

旧居の記憶(福澤徹三) 
 著者が幼い頃に両親、祖母と共に暮らした家と、家族の記憶。そこに(次に掲載されている)糸柳寿昭ら「怪談社」と共同執筆する『忌み地』の取材の模様が交互に挿入される。明るいばかりでない、暗く湿り気と黴臭さの混じる、それでいて仄暗い懐かしさを覚える記憶の中の「昭和」。

あつまれ 怪談の日記(糸柳寿昭) 
 6月に刊行された『忌み地 弐 怪談社奇聞録』(講談社文庫)の取材メモ。「本誌の掲載にあたっていくらか手を加えたが、大筋は原文と変わりない。」と本文にあるが……最後はある意味で予想を裏切らない。

氷室(宇佐美まこと )
 縁もゆかりもない瀬戸内海の寂れた港町に移住した主人公。この町出身の女性が町おこしとして空き家と移住希望者をつなぐプロジェクトを立ち上げ、その伝手で移ってきたのだった。元は船具屋だったという、彼が買った古民家の土間には床下には氷室があり……。地方の自治体では過疎が進み空き家が増えている、というのも現代らしい問題だった。

たかむらの家(花房観音)
 兄の再婚相手は私より若い「年下の義姉」だった。私の実家でもある、夫と二人で暮らすその家を、彼女は「こわいんです」と言う……。タイトルの"たかむら"が序盤過ぎで明らかになるが、それを知っている読者なら展開や結末も察しが付くかもしれない。この著者の短篇を久しぶりに読んだが、こういう話を書く人だったな、と。

妹の部屋(神永学)
 三ヶ月前に自殺した妹。死んだ場所が部屋ではなかったため事故物件にはならなかったが、解約し空にしたはずの部屋が妙なことになっている―と不動産会社の担当が連絡をしてきた。とりあえず家族が怖い。おかしいのは○○じゃなく……というパターンと思わせて意外なオチが。でもかなりの荒業。

笛を吹く家(澤村伊智) 
 親子三人での散歩の途中に見つけた家は「幽霊屋敷」との息子の言葉通りの家だった。夫婦はそれぞれ「笛吹」と表札のかかるその家が気にかかり始め、その家の事情を調べ始めるが。序盤から暗示される親子の歪さの輪郭がはっきりする時、タイトルや表札の意味が明らかになる。奇しくも今号の別の収録作の語り手の心境とシンクロしているような。

牢家(黒木あるじ) 
 東北のある山村。数十年を隔てて同地域で起こった三つの未解決事件。地域プロデューサーなる男を案内して共に現地に向かったフリーライターは、〈牢家〉という言葉を彼から聞く。怪談というよりは王道の和風怪物ホラー。

トガハラミ(郷内心瞳)
 魔物に取り憑かれ、恋人の肉を喰らって蔵に幽閉された姉。夜毎に果物を持ってこっそり姉を訪れる妹。妹にとっては姉は憧れであり唯一の相談相手だった。吸血鬼譚の変奏ものかと思いきや……。

ろろるいの家(平山夢明) 
 かつて実話怪談の取材をし、雑誌の掲載直前になって取材相手の女性と音信不通となったためボツになったある話。彼女から約10年ぶりに突然入った電話。お蔵入りになっていた話を掲載して欲しいという。それは彼女が学生時代、家庭教師のバイト先で体験した異様な話だった。平山氏の実話怪談を読むのは久しぶり。相変わらずの乾いた狂気とえげつなさ。下衆の勘繰りかもしれんが『残穢』から影響されてない?

開けちゃいけないんだよ(大塚 愛) 
 10歳のさゆりは夏になると祖母が独居する洋館に泊まりに行く。祖母も、その家も大好きだったが、その家には地下室があり、そこに置かれたアルミシートの大きな包みを除いて。中身を祖母に尋ねても教えてはくれず「開けちゃいけないんだよ」というだけだった。
 シンガーソングライター、大塚愛の小説家デビュー作(絵本は既に2冊上梓しているらしい)。この作品の前にインタビューも掲載されていたが、記憶にある彼女の曲とは(そもそも1、2曲の印象しかない)全く異なるイメージに少々驚かされた。作品自体は……うーん、その前の10篇と比較してしまうと、こちらはプロット、特に文章がWeb小説、あるいはかつてのケータイ小説みたいだなぁと。

 雑誌の特集というより、何やら書き下ろしアンソロジーを1冊読んだような満足感。この感じはかつてメディアファクトリー(後に角川文庫)で刊行されていた『怪談実話系』シリーズの感覚に似ている。もしあのシリーズが続いていて、今回のような「超怖い物件」がテーマだったとしたなら、こういう内容になったんじゃないだろうか、とも思ったり。何より、福澤徹三氏と平山夢明氏、両氏の書き下ろし怪談が久々に同時に読めるのがウレシイ。


 他の特集、ドラマの原作連載等はとりあえず保留。気が向いた時に読んでみようか。


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「怪獣生物学入門」 [Book - Public]

 テレビや映画の世界に登場する怪獣、モンスターを、形態進化生物学者が生物学的に大真面目に考察した1冊。

 ※4月読了、Twitterに投稿したものを再構成しています。

「怪獣生物学入門」倉谷滋著(インターナショナル新書刊)

◆内容紹介(表紙見返しから)
ゴジラ、ガメラ、マタンゴ、ドゴラ、『寄生獣』のパラサイトなどなど、怪獣たちは日本のSFを牽引し、最近では海外での評価も高まっている。その一方で、怪獣たちは荒唐無稽な作り物のように思われてはいないか。怪獣とはどのような生物なのか?その形態や劇中の設定、登場人物たちの台詞などを手がかりに、生物学的な視点で徹底的に考察していく。そこから見えてきたのは、科学とSFを繋ぐ新たな発見だった。


 怪獣を生物学的視点から考察する―というと、20年以上前にブームにもなった『空想科学読本』を想起しそうだが、こちらはガチの形態進化生物学者が怪獣映画への偏愛っぷりも込めて真面目に論じた1冊。

 恐竜と怪獣の違いは何か、ゴジラに通常兵器が無効な理由、ゴジラの生息場所と"地球空洞説"、シン・ゴジラの乱杭歯の理由、キングギドラの形態学といった話から、映画『マタンゴ』に登場するキノコ化した人間であるマタンゴ、『寄生獣』のミギー、東宝映画の宇宙怪獣ドゴラ(これ、ドイル『大空の恐怖』じゃないの!と思ったら言及されてた)といったものまで幅広く俎上に上げられている。

 怪獣映画で時折論じられる「スケール問題(あれだけ巨大化した生物は自重に耐えられず崩壊するという論)」については「進化の厳密なルール下にある生物が、環境や生体としてのキャパを無視して巨大化方向へ進化することはあり得ない」と断じ、怪獣映画にスケール問題を持ち出すこと自体の矛盾を指摘している点は面白い……が、山本弘のSF小説 『MM9』(創元SF文庫)シリーズで―作品世界において怪獣が出現する根拠としてー言及された"多重人間原理"についても触れてみてくれたらより面白かった、と思うのは欲張り過ぎか。

 終章はウルトラ怪獣から4つほど採り上げているが、この辺はちょっと駆け足気味かつ蛇足気味だったような気がしないでもない。

 何れにせよこういう、怪獣やモンスターといったホラ話を、形態進化生物学という学問に基づいて大真面目に考察するというのは、これも一つの知の遊戯という感じがしていて面白い。これは単に現実的には存在し得ない、荒唐無稽っぷりをあからさまに批判することを目的としたのではなく、著者本人がそういった存在が好きだったからこそ、怪獣への愛着がしっかりと現れているためだろう。



 ちなみに映画「シン・ゴジラ」、まだ観ていない(観るのか?

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「深層地下4階」 [Book - Horror/SF/Mystery]

「ジュラシック・パーク」「ミッション:インポッシブル」など、ハリウッドのヒット映画多数を手掛けた脚本家の小説家デビュー作。


「深層地下4階」D・コープ著(ハーパーBOOKS刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
前科持ちのティーケイクは、いつも通り貸倉庫の夜勤シフトに入っていた。ふと気づくと、壁の奥からかすかなブザー音が聞こえる。発信源を突き止めるため、同僚のナオミとともに壁をぶち破ると、そこにはブザー音と異常を知らせるランプが点滅する、存在しえない深層地下階の図面パネルがあった。それは40年前、小さな町を全滅させるほどに進化した生体が極秘に封印されている場所だった……。


 物語は冷戦終結前の1987年、ロベルトとトリーニ、2人のアメリカ軍将校がある生物のサンプルを政府の貯蔵施設の奥底に保管するために向う描写から始まる。
 彼らはそのしばらく前、西オーストラリアにある辺境の町からの通報により、一人の女性微生物学者と共に現地へ渡っていた。彼女は'70年代のNASAの宇宙ステーション(スカイラブ)計画の過程の中で、宇宙に運ばれたある菌類―真菌類生物がスカイラブの残骸と共に地球へ戻ったのだと語り、さらに高レベルの遺伝子構造の変化によって新種の生物―コルディセプス・ノヴァスが誕生したのだと推測する。
 ―最終的に、ロベルトとトリーニは大きな犠牲を払いつつ、コルディセプス・ノヴァスを壊滅した町ごと焼き払い、極微量の標本をアチソン洞窟の政府貯蔵施設の深層地下4階に封印する……ここまでが約70ページほどのプロローグ部分。

 本筋はそれから32年後の2019年、アチソン洞窟の貯蔵施設は既に民間に売却され、一般向けの貸倉庫となっていた。封印された真菌の存在は次第に忘れ去られ、なかったものとなっていた。
 そんなある日、貸倉庫の夜勤シフトに入っていた前科持ちのお人好しの青年ティーケイクは、耳慣れない警報のブザー音が壁の中から聞こえて来るのに気付く。同僚で、以前から密かに気になっていたシングルマザーのナオミと相談した結果、壁を壊して音の正体を確かめようとする。
 壁の中には複雑な計器パネルと警告を告げる点滅ランプ、そしてこの貸倉庫には存在しない深層地下4階を示す図面パネルが現われる。二人はその深層地下4階まで降りてみることにする。

 その後、地下深く封印されていた筈のコルディプス・ノヴァスが異常な進化能力によって既に封印から逃れ地上へと現れていたことが描かれ、ナオミの元夫、ティーケイクらの上司グリフィンやその仲間、貸倉庫の顧客の一人の老婦人ルーニー、さらには既には退役していたロベルトらも巻き込んだ地獄の一夜となる……。

 ジャンルとしてはバイオ・ホラーになるんだろう。真菌生物であるコルディセプス・ノヴァスだが、このモンスターっぷりが凄まじい。宿主となる高等生物(人間その他の哺乳類、昆虫etc)に取り付くと急速に体内を移動、脳に寄生して急激に増殖し宿主をコントロール下に置き、最後には宿主の身体内に充満、破裂してより増殖しようとする。学習能力を持ち(脳も意識もないのに)、さらには自らの構造を変え化学物質を構成していく共生体を持つため、様々な障壁も突破してしまうというチートぶり。感染した生物は、死体であろうとこの真菌によってゾンビの如く動かされ、自らをばらまくために利用されることとなる。何となく「ガメラ2」のソルジャーレギオンとレギオン草体(プラント)を思い出した。ソルジャーとプラントはあくまで別個体であり、爆発して種をばら撒くのに対し、こちらの真菌は宿主を破裂させて自らをばら撒くのだが。

 この辺りの解説は研究者などの登場人物の口から語らせるのでなく、あくまでも作者―神の視点から描写されるので、「増える」という本能だけで個/総体としての意識や知能、そもそも脳すらないはずの真菌が、一個の意志を持った怪物のようにも思えて来る。登場人物たちの描写が続く中に、怪物自身のモノローグが挿入されるのはホラー(ミステリなら犯人)で時折見受けられるパターンだが、本作ではプロローグの段階でこの怪物がどんなものなのかある程度明確にわかってしまうので、感染したら100%死ぬというヤバさは印象付けられるが、一方で「相手が何なのかわからない怖さ」という点は削がれてしまったようにも思える。

 登場人物についてはかなり書き込まれており、特にティーケイクとナオミ、そして退役軍人のロベルトについては……現代社会における種々の問題も含め、特に丹念に書き込まれている(ラストで活躍するのかなと思った人物が途中であっさり退場してしまう面もあるが)。
 真菌による感染(寄生)というキーワードがあるので、ある程度大規模なパニックが起きることを期待したのだが、人物描写に紙数を割いたからか、事件規模や関わる人物は案外コンパクトな印象。これは著者が映画を多く手掛けた脚本家だったことから、映像化した際の尺を無意識のうちに考慮していたのかも。そう考えてみると、様々な場面が全て具体的にイメージしやすい(頭の中で映像化しやすい)のも、著者の腕なんだろう。

 ラストは一気に畳み掛けるというより、力づくで強引にカタを付けたという感じ。これはストーリ自体もそうなのだけれど、色々な面でアメリカらしいよねと思える一方で、この最終手段を実際に(作中で)用いたフィクションって実はさほど多くないんじゃないかと(宇宙方面は別にして)。いずれにせよ日本じゃ絶対に不可能だが。

 映像化は……やっぱりない、だろな。

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「ファンタジーへの誘い 海外SF傑作選9」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 講談社文庫から昭和50年代に刊行されていた「海外SF傑作選」シリーズの最終巻、”ファンタジー編”。

「ファンタジーへの誘い 海外SF傑作選9」編)伊藤典夫(講談社文庫)

◆内容紹介(裏表紙から)
茫漠たる宇宙に於ける人間という小さな存在。
その大いなる孤独をSFならではの手法で描くファンタジー13篇。

 昨年6月に「古書 七七舎」(国分寺)にて「海外SF傑作選」シリーズ全9冊のうち、7冊が出ていたのをまとめて購入した内の1冊(残り2冊のうち1冊は昨秋の神保町、神田古本まつりで入手)。
 同シリーズは元々、日本SF界の巨人の一人、福島正実氏の編纂により1973年に芳賀書店から全10巻で刊行されていたもので、これを再編してまとめたのがこの講談社文庫版の第1~8巻だった。福島氏が1976年に急逝した後伊藤典夫氏がバトンを引き継いだものがこの9巻であったらしく、文庫オリジナルとなる。【8/10一部訂正】

 ファンタジーと聞くとどうしても魔法使いやらドラゴンやら勇者やら中世ヨーロッパ的風景描写やら……それこそドラクエや「ロード・オブ・ザ・リング」みたいなイメージを想い起こしてしまい(その発想が死ぬほど安直なことは百も承知で)どうも苦手というか食わず嫌いなところがあって避けてしまうところがあった。が、今回はSF傑作選の1冊であり、他巻の収録作も比較的面白く読めたものが多かったので、ものは試しとばかりに。

 全13編収録。

死神よ来たれ(P・S・ビーグル)
 ジョージ2世の治世下のイギリス、日毎パーティーに明け暮れる老貴婦人がいた。全てに飽いた彼女は「パーティーに死神を主賓に招く」と宣言する。死神の意外なキャラクター造形が面白い。前半で老婦人の傲慢さを表すある描写があるが、厳密な階級社会だった当時の英国なら無理ないことだろうし、それが結末への布石になっている

不可視配給株式会社(B・W・オールディス)
 新婚夫婦の家の前に故障か何かで止まっていたトラック。乗っていた男を家に招じ入れると、彼は扱っている"売り物"について話を始める。男と女、夫婦間の意識のギャップとは昔も今も変わらないのか。結末は……いつの世も往々にして女性は男性よりも強かで賢明なのだなあ、とw

大いなる旅(フリッツ・ライバー)
 砂漠の真ん中で目覚めた「私」は、そのすぐ近くで種々雑多様々な動物が果てしない行列を作って進んでいくのに気付く。「私」はその行進に加わるが……。旧約聖書中のあの、つとに有名なエピソードのイメージか

この卑しい地上に(フィリップ・K・ディック)
 家族や周囲から魔女呼ばわりされる娘は、奇妙な存在と交信する儀式に熱中していた。恋人は彼女を必死で止めようとしていたが……。「ある存在」が何者なのかわかり辛いが、前半のダーク・ファンタジー風の雰囲気から一転、後半の眩暈を誘うような悪夢への展開が凄まじく、また著者が後年の作品で描き続けたテーマに連なっているのを読むと、初期の作品ではあれども実にディックらしいというか

ふるさと遠く(W・S・テヴィス)
 ある夏の朝、老人は自らが管理人を務めているプールに巨大なクジラが浮いているのを発見する。今回の収録作で最も気に入った一篇。ぜひ絵本にして欲しい

十三階(ウィリアム・テン)
 オフィスビルの専従管理人を訪ねて来た長身と小人の男二人組。彼らはそのビルにない13階フロア全部を借りたいと奇妙な申し出をしてくる。昨今ちょっとした流行りの物件ホラーの変奏ともいえるか。コメディのような展開から一転、悪夢的なラストを迎えるのはこの作者の味かも

闇の旋律(C・ボーモント)
 ハイスクールで生物学を教えるメイプルは、厳格な宗教的倫理観に基づいて現実的な性教育を拒否する一方、同僚のスキャンダルを保身に利用する女性だった。ある日の課外授業中、彼女は森の中で不思議な音楽を耳にする。純潔や清らかさを信奉する一方で、同僚の色恋や不貞を嬉々として利用する狡猾さを持つ主人公が何とも嫌な人物。彼女に起きたことは、抑圧された性衝動が生んだ妄想や幻覚……なんて解釈は無粋か。最後の1行が、彼女に対する周囲の評価を明確にしているのだろう

順応性(C・エムシュウィラー)
 娘に向けた母親の手紙という体裁で書かれたと思しき体裁の一篇。自らの風貌の異質さを隠すため、髪を染め顎を削る整形手術を受け、平穏に迎合し続けた母親が、娘にはその異質さを隠すことなく、自分らしく生きよと諭す―。根底にあるテーマは「女性らしさの解放」だろうし、あるいは様々な意味でのマイノリティと呼ばれる人々―といった現代的なものにも通じるだろうが、何とも不思議な手触りの話でもある

街角の女神(M・セント・クレア)
 貧しい独り身のポールはある日街角で女神と出会い、家に連れて帰る。女神は年老い、疲れ切っていた。ポールは女神にお世話をさせて欲しいと懇願する。力を喪った神であろうとその庇護下にいたいと願う人間がいる、ということか。ある点では収録作中最も残酷な一篇かも知れない

みにくい海(R・A・ラファティ)
「海はみにくい」と力説する苦虫ジョン。その理由を問われ老人は船乗りになったある男の話を語り出す……。ホラ話のような童話のような一篇。強かなツンデレ娘に振り回される男の悲哀と思いきや……うん、男ってやっぱアホだ

名前の掟(A・K・ル・グウィン)
 丘のふもとに住むアンダーヒル氏は魔法使いだったが、その凡庸な人柄とイマイチな魔法故、サティンズ島の村人たちからは気のいい隣人扱いをされていた。ある日、島に若い旅人が舟で訪れる。いわゆる中性的ファンタジーの世界観(あの『ゲド戦記』にも通じてるらしい)で、クライマックスの戦いの場面ですらファンタジックなのだが、ラスト数行の絶望感たるや。見事なまでのバッドエンドがむしろ痛快

きょうも上天気(J・ビクスビィ)
 その村では、全ての村人が三歳になるアントニー坊やに"考え"を読まれることを―家族ですら―極度に恐れていた。ミュータント、あるいは"アンファン・テリブル"テーマにも含まれるか。牧歌的なタイトルに反し、作中を覆う絶望感が強く印象に残る

ゲイルズバーグの春を愛す(ジャック・フィニィ)
 地元の新聞社に勤める「私」は、その街に大型工場を建設する計画を急遽撤回した社長に話を聴いていた。男は前夜、路面電車に危うくはねられるところだったというが、その街ゲイルズバーグの市電はとうの昔に廃線になっていたのである。これが表題作になったフィニィの短編集で既読。時代と共に変化し、往年の姿が失われることを嫌うのは、何も人ばかりではないのか。ノスタルジックなファンタジーという雰囲気だが、過去に囚われ続けるというのはよくよく考えると、恐ろしくもある。

 読了してみると、自分が持っていたファンタジーという言葉のイメージが偏狭だったことに気付かされる。もちろんSF傑作選の中で選定された作品だからということもあろうが、予想以上に愉しめたという感想。


「世界SF傑作選」はこれで手持ち分の8冊を読了。他の巻も暇を見て感想などまとめてみようかと。
※8/10追記 アンソロジー編纂の経緯に関する部分で、Twitterでご指摘をいただいたため修正しています。ありがとうございました。

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