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「恐怖推理小説集」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 ミステリ作家、鮎川哲也編纂による"恐怖小説"のアンソロジー。

「恐怖推理小説集」編)鮎川哲也(双葉社文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
恐怖小説には冒頭の一行から最終行に到るまで恐怖の連続というものもあれば、さり気なく恐怖を描いて、数日後にふと思い出したとき思わずゾーッとなるものもある。音楽でいうクレッシェンドのように徐々に恐怖感を盛り上げておいて、クライマックスでブツンと切れるものもある。そこでバラエティーに富む作品を集めることに意を用いた(編者)


"(恐怖)推理小説集"とのタイトルだが、厳密なミステリやサスペンス―合理的な展開と真相が用意されているものだけでなく、幻想系小説や怪談じみたものも含まれる。星新一や半村良の作品は、この前に読了した『ホラーSF傑作選』に収録された方がむしろ据わりがいいかもしれない。主にミステリ系作品を主に手掛けていた作家による"恐怖小説"を集めた―というところだろうか。

 全13編。以下各編のさわりと簡素な感想。

蛇恋(三橋一夫)
 新婚の妻殺害の嫌疑をかけられた夫。しかし肝心の妻の遺体は見つかっておらず、夫は不可解な証言を繰り返している。その夫妻をよく知る人物が記した記録から浮かび上がる真相とは
―夫婦の行き違いによる誤解が悲劇に繋がるというよくあるパターンだが、提示される結末は一気に幻想的なものに。しかしなぜそのような姿に?という謎は放置。
東天紅(日影丈吉)
 駅の待合室で聞こえて来た殺人事件の話。その後目的地へ向かう途中、筵を積んだリヤカーを引く女と成り行きで同道することになるが、女の話に次第に疑念が募って行く
―序盤に陰惨な殺人事件が提示され、そして犯人と思しき人物が登場、その行動も疑念を裏付けるようなもの。真相を突き止めようとする展開に恐怖感が盛り上がって行く。大晦日から新年の朝という時間設定だけに、幕切れの情景が鮮烈。
不死鳥(山田風太郎)
 ある老教授の死にまつわる、隣家に住む少年と教授宅の住み込みの若い女中の告白、そして教授自身の遺書から浮かび上がる異様な真相
―山田風太郎の作品はほとんど読んだことがないが、こういう雰囲気のものが多かったのかなと勝手な感想。当時なら「異常性愛」ものという扱いだったんだろうが、今ならNTRもので括られるんだろうか。
もう一度どうぞ(戸川昌子)
 かつて心中事件を起こし、生き残った"わたし"。海外へ渡って整形手術をして名前も変え、ほとぼりが冷めたと思っていたが、偶然にも当時の事件に疑いを持つ男と知り合ってしまった
―芸能畑にも身を置いていた著者だけに、芸能界に片脚を突っ込んだ―しかも世間知らずでやや身勝手な若い女性という主人公像にはどこかリアリティがある。二匹目のドジョウを狙おうとして訪れる結末は……これは因果応報とも言えるが、恐ろしい。
人形(星新一)
 強盗事件を犯して逃亡する男。その隠れ家を訪れたのは物売りの老婆で、売り物は1体のわら人形だった
―「ノックの音がした。」の一文で始まる連作SS集『ノックの音が』収録の一編。呪いのわら人形を利用して苦境を脱しようとする男のアイデアは……ブラックな皮肉が利いていていかにも星SSの味わいだけれど"推理小説"ではないわなあ。
爪の音(おかだえみこ)
 銀座の美術商のショーウィンドに飾られた、紳士の身体にモグラの顔がついた風変わりな大理石像。それを見た翌日から私の身辺で奇妙なことが続発する
―この話は著者の実体験に基づくものだという。しかも最初はある有名人の作品として(要はゴーストライターとして)発表されたというのも面白い。怪談よりの奇譚ってところか
禁じられた墓標(森村誠一)
 綿密な計画の末、猫を偏愛する高利貸の老婆を殺害して大金を奪った男。それを元手に事業を成功させ若い妻も迎えたが、なぜか子供には恵まれなかった。ある日妻が飼いたいと連れて来た子猫を見て戦慄する
―いうなれば「猫による復讐」なのだが、怪奇譚のような雰囲気でありながら合理的解釈の余地も用意されているのは手練れの著者ならでは。文庫の表紙イラストは本作のイメージと思しいが、"恐怖推理小説"というタイトルに最もしっくり来るのもこの作品ではないかと。
夢中犯(半村良)
 タバコの火を借りに話しかけて来た老人が語るのは、最後に見た夢だという「殺人を犯した」夢の話
―のどかな雰囲気の中での他愛もない夢についての会話が、次第に悪夢に迷い込んでいくような展開。読み終えてページから顔を上げた時、今が現実か夢の中なのか一瞬本気で不安になった。
剃刀(野呂邦暢)
 寂れた町を商用で訪れ、バスを待つ合間に理容店を訪れた男。店員らしい女との会話の中で前年に隣町であった殺人事件のことを尋ねるが
―この9㌻足らずの掌編の中で何か事件が起こるわけではなく、女の正体が何なのかもわからない(その辺含め舞台は幻想系作品寄り)。だからこその静謐な怖さ。
わたし食べる人(阿刀田高)
 食道楽が昂じて30代にも関わらず恰幅が良過ぎるタナカ氏。あるレストランで話しかけてきたのは精神科医。彼の考案した治療法によれば、食欲を我慢することなく無理なく痩せられるのだという……
―夢の中で食欲を満たすという方法はまさに"夢"のようだが、想像力がカギというのがそのキモになっている。しかしこれだけ酸鼻極まる描写なのになぜか美味しそうなのは、あくまでブラックユーモア作品として書かれているからか。
影の殺意(藤村正太)
 突然失踪した兄の行方を独力で追っていた主人公。何かを知っていると疑わしい女性の家にも仕事上での関わりを持つことで入り込むことに成功したが……
―読者の予想を裏切る真相(ただし合理的)ってことでは収録作中最も無理のない作品か。舞台は自宅からそう遠くない場所だが、40数年前はそのような雰囲気だったのかと興味深くも読めた。
死霊の家(草野唯雄)
 性的に抑圧される生活を強いられている"私"は、ある日から何度か鮮明で濃密な艶夢を見るが、最後の夢で酸鼻極まりない場面を目の当たりにする。その後偶然訪れた地で、夢の中と瓜二つの蔦に覆われた洋館を発見するが
―昨年、著者の短編集『甦った脳髄』でこの作品は既読。主人公の強い性的欲求不満が死者の怨念と結び付くという、荒唐無稽な70年代エログロ・ホラー。
(樹下太郎)
「雨の日に散歩に出ればいいことがある」と告げる奇妙な電話。疑いつつもそれに従うと確かに幸運を手にした。しかし雨は彼の人生に影を落としており、しかもその理由は不明なままだった
―彼の人生に雨が影を落とし続けて来た理由は提示されたようで、真相も、電話の相手の真意も朧気なまま。読後も何やら小雨に煙って見通せない情景のようで、何とも言えぬ―それでいて悪くはない読後感。



  ハードカバー版での初版は昭和52(1977)年(文庫版の初版は昭和60(1985)年)。収録作は古いもので昭25(蛇恋/三橋一夫)、最も新しいものは初版時では最近作になる52年(雨/樹下太郎)と、それなりに幅は広いが、主に昭和40年代の作品が多く、やや昔の昭和を感じさせる雰囲気が全般に漂う。

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