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「恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 来年(2023年)に創刊30周年を迎える角川ホラー文庫。
 その全作品から選定された「角川ホラー文庫ベストセレクション」の第二弾。

『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』編)朝宮運河(角川ホラー文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』に続く、ベスト・オブ・角川ホラー文庫。ショッキングな幕切れで知られる竹本健治の「恐怖」、ノスタルジックな毒を味わえる宇佐美まことの「夏休みのケイカク」、現代人の罪と罰を描いた恒川光太郎の沖縄ホラー「ニョラ穴」、アイデンティティの不確かさを問い続けた小林泰三の代表作「人獣細工」など、SFや犯罪小説、ダークファンタジーテイストも網羅した"日本のホラー小説の神髄"。解説・朝宮運河

 自主的にやっている"国内ホラー・アンソロジー(傑作選)読み込み強化月間"の3冊目。
 第一弾『再生』は読了したものの記事にまだUpしていないのだが、既読作品もあるとはいえなかなか愉しめた。その好評を受けてか昨秋に出たのが第二弾の本書。『再生』が心霊系、怪談寄りの作品が中心だったのに対し、こちらはSFやノワール、ダークファンタジー的なラインナップだという。確かに逸品揃いで、個人的には第一弾よりもさらに愉しめた。収録8編の内3編が女性作家の作品であり、そのどれも憎悪や執着や妄執など「過去に囚われる」女性に纏わる怪異や恐怖が描かれているのが興味深く、そしてどれも怖い。
 全8編。以下簡素なあらすじと感想など。

恐怖(竹本健治)
 恐怖という感情が欠落した男と彼に強い関心を覚えた友人。十年を経て再会した時、かつての"実験"の続きが始まる
―主人公が恐怖を感じない理由は結末で判明するが、それを知ってなお"恐怖感"を覚えない男の姿が、怖い。
(小松左京)
 井戸掘りを始めた自宅の庭から際限なく出て来る骨、骨、骨……
―自分たちのいる場所、そして歴史が夥しい数の骨……死の上に成り立っていると気付かされると、何やら背筋に冷たいものが。
夏休みのケイカク(宇佐美まこと)
 中年の図書館職員と、離婚した母親と暮らす少女。それぞれの孤独を抱えた二人の女性が「本への落書き」を介して交流する……と思いきや。
正月女(坂東眞砂子)
 一時退院により年末年始を自宅で迎えることとなった女性。年越し直前に発作を起こした彼女に対し姑は信じ難い行動に出る。翌朝、姑は素知らぬ顔で彼女に"正月女"の話をし…
―己の病状が悲観的なことも加わり、義実家や周囲の人々に対する疎外感、夫への疑念と執着が、絶望となって主人公を蝕んでいく。
ニョラ穴(恒川光太郎)
 ある若者が遺したと思しき手記。その無人島の奥にある洞窟には近付くなと警告する。手記には男が島に来た経緯と、島の洞窟に住む怪物について記されていた
―怪物は無論異様で恐ろしいのだけれど、登場人物も皆倫理観の何かが一様に欠けているようで、そこがユーモラスでもあり薄気味悪くもある。
或るはぐれ者の死(平山夢明)
 JJと名乗るホームレスの男は、ある日車が行き交う道路の中央に潰れてへばりついた塊から目が離せなくなる。その塊の正体に気付いた男は……
―あまりに残酷な一編。恐ろしいのはJJの行動や彼の行動の末路よりもJJ以外の登場するすべての人間たちであり、それはある部分で読者の姿でもあるということ、か。一般的なホラーの怖さとは異質の何かで心を抉られる感じ。
(服部まゆみ)
 2月の寒いある日、画商の店を訪れた老婆が買取を希望したのは見事な立ち姿の日本人形。商材とは異なるものの人形を気に入った画商は言い値の5万円で買い取る。その後、人形はさる伝説的な人形師の手によるものであることが判明するが……
―天才人形師の手がけた雛人形をめぐるある姉妹の長年月にわたる相克、嫉妬、妄執。日本人形ってやはり、何故か怖い。
人獣細工(小林泰三)
 私は医師だった父によって体中の臓器を移植されていた。それも人のものでなく、遺伝子操作された彘(ぶた)の臓器を。父の死後、私は自分が人間であると確信できる証拠を見つける為、父親が遺した研究資料の整理を始める。
―著者初期の代表作といわれるこの一編、実は未読だった。自らのアイデンティティの危うさというモチーフは他作品でもよく扱われているが、このラストの残酷さは予想がつくものではあってもショッキング。



 序盤の2編(「恐怖」/「」)を除けば全て平成以降の作品で、今月読了のアンソロジー2冊で感じた「濃厚な昭和の空気」は当然感じず、親近感、言い換えるならリアリティを持つ懐かしさを覚えるのはかえってこちらの作品かもしれない。
 巻末の編者の言葉では第3弾以降も期待できそうな気配。

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「恐怖推理小説集」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 ミステリ作家、鮎川哲也編纂による"恐怖小説"のアンソロジー。

「恐怖推理小説集」編)鮎川哲也(双葉社文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
恐怖小説には冒頭の一行から最終行に到るまで恐怖の連続というものもあれば、さり気なく恐怖を描いて、数日後にふと思い出したとき思わずゾーッとなるものもある。音楽でいうクレッシェンドのように徐々に恐怖感を盛り上げておいて、クライマックスでブツンと切れるものもある。そこでバラエティーに富む作品を集めることに意を用いた(編者)


"(恐怖)推理小説集"とのタイトルだが、厳密なミステリやサスペンス―合理的な展開と真相が用意されているものだけでなく、幻想系小説や怪談じみたものも含まれる。星新一や半村良の作品は、この前に読了した『ホラーSF傑作選』に収録された方がむしろ据わりがいいかもしれない。主にミステリ系作品を主に手掛けていた作家による"恐怖小説"を集めた―というところだろうか。

 全13編。以下各編のさわりと簡素な感想。

蛇恋(三橋一夫)
 新婚の妻殺害の嫌疑をかけられた夫。しかし肝心の妻の遺体は見つかっておらず、夫は不可解な証言を繰り返している。その夫妻をよく知る人物が記した記録から浮かび上がる真相とは
―夫婦の行き違いによる誤解が悲劇に繋がるというよくあるパターンだが、提示される結末は一気に幻想的なものに。しかしなぜそのような姿に?という謎は放置。
東天紅(日影丈吉)
 駅の待合室で聞こえて来た殺人事件の話。その後目的地へ向かう途中、筵を積んだリヤカーを引く女と成り行きで同道することになるが、女の話に次第に疑念が募って行く
―序盤に陰惨な殺人事件が提示され、そして犯人と思しき人物が登場、その行動も疑念を裏付けるようなもの。真相を突き止めようとする展開に恐怖感が盛り上がって行く。大晦日から新年の朝という時間設定だけに、幕切れの情景が鮮烈。
不死鳥(山田風太郎)
 ある老教授の死にまつわる、隣家に住む少年と教授宅の住み込みの若い女中の告白、そして教授自身の遺書から浮かび上がる異様な真相
―山田風太郎の作品はほとんど読んだことがないが、こういう雰囲気のものが多かったのかなと勝手な感想。当時なら「異常性愛」ものという扱いだったんだろうが、今ならNTRもので括られるんだろうか。
もう一度どうぞ(戸川昌子)
 かつて心中事件を起こし、生き残った"わたし"。海外へ渡って整形手術をして名前も変え、ほとぼりが冷めたと思っていたが、偶然にも当時の事件に疑いを持つ男と知り合ってしまった
―芸能畑にも身を置いていた著者だけに、芸能界に片脚を突っ込んだ―しかも世間知らずでやや身勝手な若い女性という主人公像にはどこかリアリティがある。二匹目のドジョウを狙おうとして訪れる結末は……これは因果応報とも言えるが、恐ろしい。
人形(星新一)
 強盗事件を犯して逃亡する男。その隠れ家を訪れたのは物売りの老婆で、売り物は1体のわら人形だった
―「ノックの音がした。」の一文で始まる連作SS集『ノックの音が』収録の一編。呪いのわら人形を利用して苦境を脱しようとする男のアイデアは……ブラックな皮肉が利いていていかにも星SSの味わいだけれど"推理小説"ではないわなあ。
爪の音(おかだえみこ)
 銀座の美術商のショーウィンドに飾られた、紳士の身体にモグラの顔がついた風変わりな大理石像。それを見た翌日から私の身辺で奇妙なことが続発する
―この話は著者の実体験に基づくものだという。しかも最初はある有名人の作品として(要はゴーストライターとして)発表されたというのも面白い。怪談よりの奇譚ってところか
禁じられた墓標(森村誠一)
 綿密な計画の末、猫を偏愛する高利貸の老婆を殺害して大金を奪った男。それを元手に事業を成功させ若い妻も迎えたが、なぜか子供には恵まれなかった。ある日妻が飼いたいと連れて来た子猫を見て戦慄する
―いうなれば「猫による復讐」なのだが、怪奇譚のような雰囲気でありながら合理的解釈の余地も用意されているのは手練れの著者ならでは。文庫の表紙イラストは本作のイメージと思しいが、"恐怖推理小説"というタイトルに最もしっくり来るのもこの作品ではないかと。
夢中犯(半村良)
 タバコの火を借りに話しかけて来た老人が語るのは、最後に見た夢だという「殺人を犯した」夢の話
―のどかな雰囲気の中での他愛もない夢についての会話が、次第に悪夢に迷い込んでいくような展開。読み終えてページから顔を上げた時、今が現実か夢の中なのか一瞬本気で不安になった。
剃刀(野呂邦暢)
 寂れた町を商用で訪れ、バスを待つ合間に理容店を訪れた男。店員らしい女との会話の中で前年に隣町であった殺人事件のことを尋ねるが
―この9㌻足らずの掌編の中で何か事件が起こるわけではなく、女の正体が何なのかもわからない(その辺含め舞台は幻想系作品寄り)。だからこその静謐な怖さ。
わたし食べる人(阿刀田高)
 食道楽が昂じて30代にも関わらず恰幅が良過ぎるタナカ氏。あるレストランで話しかけてきたのは精神科医。彼の考案した治療法によれば、食欲を我慢することなく無理なく痩せられるのだという……
―夢の中で食欲を満たすという方法はまさに"夢"のようだが、想像力がカギというのがそのキモになっている。しかしこれだけ酸鼻極まる描写なのになぜか美味しそうなのは、あくまでブラックユーモア作品として書かれているからか。
影の殺意(藤村正太)
 突然失踪した兄の行方を独力で追っていた主人公。何かを知っていると疑わしい女性の家にも仕事上での関わりを持つことで入り込むことに成功したが……
―読者の予想を裏切る真相(ただし合理的)ってことでは収録作中最も無理のない作品か。舞台は自宅からそう遠くない場所だが、40数年前はそのような雰囲気だったのかと興味深くも読めた。
死霊の家(草野唯雄)
 性的に抑圧される生活を強いられている"私"は、ある日から何度か鮮明で濃密な艶夢を見るが、最後の夢で酸鼻極まりない場面を目の当たりにする。その後偶然訪れた地で、夢の中と瓜二つの蔦に覆われた洋館を発見するが
―昨年、著者の短編集『甦った脳髄』でこの作品は既読。主人公の強い性的欲求不満が死者の怨念と結び付くという、荒唐無稽な70年代エログロ・ホラー。
(樹下太郎)
「雨の日に散歩に出ればいいことがある」と告げる奇妙な電話。疑いつつもそれに従うと確かに幸運を手にした。しかし雨は彼の人生に影を落としており、しかもその理由は不明なままだった
―彼の人生に雨が影を落とし続けて来た理由は提示されたようで、真相も、電話の相手の真意も朧気なまま。読後も何やら小雨に煙って見通せない情景のようで、何とも言えぬ―それでいて悪くはない読後感。



  ハードカバー版での初版は昭和52(1977)年(文庫版の初版は昭和60(1985)年)。収録作は古いもので昭25(蛇恋/三橋一夫)、最も新しいものは初版時では最近作になる52年(雨/樹下太郎)と、それなりに幅は広いが、主に昭和40年代の作品が多く、やや昔の昭和を感じさせる雰囲気が全般に漂う。

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「ホラーSF傑作選」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 3が日も終わろうとしていますが、明けましておめでとうございます。
 今年はもう少し更新したいと思っております。例によって大半はTwitterですが。

 ってことで今年最初の読了本。
 1970年代末に刊行された怪奇幻想系SFのアンソロジー。

「ホラーSF傑作選」編)豊田有恒(集英社文庫コバルトシリーズ刊)

◆内容紹介(巻末解説より)
ホラー(Horror)とは、恐怖という意味です。ただ恐ろしいだけでなく、謎めいた恐ろしさということです。SFの恐さは、ある場合には、本来のホラーとは違うかもしれません。読み終わってから、ぞっとするということもあります。あるいは、そのイマジネーションや、シチュエーションそのものが、恐いということもあります。この短編集は、単なるホラーでない凝ったものばかりです。


 今月は国内作家の怪奇幻想系、あるいはホラー、恐怖譚の傑作選アンソロジーをまとめ読みしてみようと思い立ち、まずはこの1冊。
 初版が昭和53(1978)年と44年前のもの。執筆陣に目をやると小松左京、眉村卓、筒井康隆、半村良、星新一らに福島正実まで、日本SF草創期のオールスター、あるいは昭和SF作家アベンジャーズとでも言うべき顔ぶれ(それだけに編纂者の豊田有恒氏の作品が収録されていないのはちょっと意外というか)

 作品自体はタイトルで“ホラーSF”と銘打ったほどホラー色は濃くはなく、むしろ当時のSF作家が書いた怪奇色のある幻想譚といった雰囲気。昭和30~40年代の社会風俗の雰囲気が伺えるものが多く、“隠れ里”を舞台にした作品、さらに「個人の怒りや怨み、執念や絶望が実体化して実の世界や他人へ影響をもたらす」モチーフを用いた作品が複数あるのを見ると、この当時はこういったモチーフが流行りだったのかとも考える(今回は名作「くだんのはは」が収録された小松左京も、このモチーフで「召集令状」という怖い話を書いている)。

 全11編。以下各編のさわりと簡単な感想。

くだんのはは(小松左京)
―言わずと知れた日本ホラー短編のマスターピース。丑年が明けた直後に読むというのもアレだが、カタストロフを匂わせるラストからして新年一発目に読むのはちと縁起が悪いか?……なーんてことは今さら気にしないけども。
斬る(かんべむさし)
 顧客や上司、工場との板挟みで鬱屈した日々を送る営業マンの哲男。ある日彼はモデルガンショップの店頭に飾られた軍刀に心を奪われる。軍刀をようやく手にした哲男は夜は自室で軍刀を振り、日中は「斬る」という言葉を呪文として鬱積した思いと対峙していくが……
―この著者の作品というとユーモアやコメディ色の強いSFといった印象が強いが、本編はやや陰鬱なトーンが続き最後に爆発するといった点でやや意外にも感じる。
くおんしゅの踊り(矢野徹)
 とある山村では祭りの踊りの最中、何年かに一度霧の奥に昔の村が現われ、そこで暮らす死者と会うため手紙を書いて墓地で燃やすのだという。主人公は戦時中に南方で命を救ってくれた人物に手紙を書く。
―タイムトラベル+復活(転生?)のファンタジー。というよりオッサンの理想というか妄想と思えなくもない(言い過ぎ)。
おお、マイホーム(眉村卓)
 若夫婦がようやく手にしたマイホームは最寄りの駅からも遠い新築マンションの11階だった。しかも人気薄のため同じフロアには彼らしか入居していなかったが、夫婦にとっては念願のマイホームだった。しかしある日、ある部屋のドアから目つきの悪い若者が出て来てこちらを窺っていることに気付く。
―マンションの不穏な隣人というモチーフはそれこそ、現在の実話怪談や恐怖譚的なものとなりそうだが、予想に反して話は意外な方向へ。スラップスティックなクライマックスの展開は面白おかしくも、マイホームへの切実な思いも込められ悲哀も感じさせる。
メトセラの谷間(田中光二)
 山間での渓流釣りの最中、深い谷にかかる地図にない橋を見つけた主人公。温泉宿の主人は当初は否定するが、やがて「それは幻の谷で何年かに一度現れるが、それを見た者には不幸が訪れるし、そのまま帰らぬ者も少なくない」と語る。
―これも隠れ里モチーフ。真相が明かされて「あ、これSFだった」と思い出す。しかしこの手の隠れ里に迷い込んだ男ってどーして若い娘と懇ろになる展開がお約束なんだw
佇むひと(筒井康隆)
 こちらもこういった国産ホラー傑作選では頻出のマスターピース。ホラーであると同時にディストピア小説の秀逸な一編とも言えるか。
 それはさておき、ツツイ短編でホラーの傑作選に選ばれるのはこれか「母子像」がほとんどで、確かに両作品とも非常に怖いのだが、これらのような怖さに同時にリリカルな静謐さを持った作品の方が高評価なんだろうか。個人的にはひたすら不条理さ全開の「乗越駅の刑罰」「走る取的」「熊の木本線」みたいなのも相当怖いとは思うのだが。
背後の虎(平井和正)
 三度目の流産によって今後の出産が不可能となった女性。悲嘆の余り廃人のようになった妻を案じつつも出張のため家を出た夫は、出がけに獣の息遣いと唸り声を耳にする
―こちらも「絶望や怨みが実体化する」モチーフの一。流産、さらに子供を産むことが絶望的になるということは女性にとって筆舌に尽し難い苦しみであるのだろうけど、これを読む限りでは少々逆恨みな気がしなくもない……。ま、寅年ってことで。
緑の時代(河野典生)
 夜明け前の新宿。スナックを出た“僕ら”は、開店前の銀行の入口に緑色の苔が絨毯のように広がっているのに気付いた。
―恥ずかしながら河野典生という作家を初めて知ったのだが、ハードボイルド系作家であると同時に「自然と文明が溶けあう」作風の幻想系SFの書き手でもあったとのこと。なるほど本編もそのイメージのままで、ラストは絶望的ながらも美しい。
過去への電話(福島正実)
 雑誌の企画で「過去への電話」を思い立ち、文芸評論家として一時は華やかな活躍をした人物へ酒場から電話をかけた編集者。すぐに自宅を訪ねることとなりタクシーに飛び乗った彼だったが……
―「あの人はいま」な人物に過去と現在を語らせる、少々意地悪な企画の取材のはずが、いつしか自身も過去の世界へ囚われて行く……考えようによっては本書中最も“ホラーSF”な趣の一編。編集者、翻訳者として日本SF草創期の中心人物の一人だった福島正実の作品だが、児童書で福島作品を読んだのみの自分は「福島正実ってこういうクセのある文章を書くのか」と新鮮な感覚も。
自恋魔(半村良)
 小さなデザイン事務所を営む柿田は義叔父が経営する芸能プロダクションに移籍した男性アイドル歌手、高沢啓一のポスター撮影を担当する。完成後高沢本人から使用した写真について泣きながらのクレームが入るが、その数日後高沢は事故で意識不明となる。異変はそこから始まった。
―自分の美貌に絶対の自信を持つ男性歌手。過度のナルシズムが異変を引き起こす……これも「強烈な思念が現実社会に影響する」作品。ラストは馬鹿馬鹿しいようでその実、かなり怖い。
背中のやつ(星新一)
 久方ぶりに会った幼馴染は一歳児ほどの大きさの、しかし皺くちゃの老人の顔を持つ人間を背負っていた。幼馴染の話ではそれを背負っていると決して道に迷わないのだという。
―その老人の顔を持つ赤子は一体何者なのか。何とも不可思議だが軽妙な一編で、後味が悪くないのも星SSとしてはやや珍しいか。


 普段からホラーや怪奇幻想系の話ばかり読んで感性がねじけていると、ついつい悲劇や惨劇、破綻を迎えるラストを想像してしまうのだが、そこまで「うわ酷い」という話はないようで。時代ということもあれば、集英社文庫コバルトシリーズという10代後半~20代前半の読者向けのレーベルで刊行されたということもあるのだろう。

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「秘密《異形コレクション51》」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 昨秋、待望の復活を遂げた≪異形コレクション≫。
 復活第3弾のテーマは『秘密』

「秘密《異形コレクション51》」監修)井上雅彦(光文社文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
<秘密>それは幻想怪奇(ホラー)と推理小説(ミステリ)を生み出す源泉。
今回のテーマは、私たちの最も身近な存在です。それは……秘密―。
おそらく、私たちの誰にとっても、ひとつや、ふたつは、密かに持っているものでしょう。
誰もが知っている<秘密>の味。だからこそ、<秘密>をめぐる物語は、魅力的です。あらゆるジャンルを超えた≪異形コレクション≫という秘密の隠れ家で語られる極上の物語。心ゆくまでご堪能下さい。                                (編集序文より)


 この6月にこの第3弾が刊行されてすぐに購入していたにも拘わらず、理由もなく積読のままでいるうちに第4弾「狩りの季節」が今月刊行となっていた(今回はこれを読んでいる途中で購入)。これまでこのシリーズは創刊当時から全冊刊行直後に購入し、次巻が出る前に必ず読了していたのだが。やはり趣味方面の読書ペースが極度に落ちたことも原因か。とはいえ他には読んでいた本もあるのだから、10ヶ月もブログを放置した言い訳にはならないのだけれども。

 閑話休題。

 今回の<秘密>というテーマ。上掲の編集序文にもある通り<秘密>とは怪奇幻想でも推理小説でもそれが一つの肝となる。正確にいえば事件によって“謎”が提示され、それが徐々に明かされていく過程で<秘密>の存在が立ち上がり、さらにそれが明らかになることによって読者の感情を揺さぶる―衝撃、感動、涙、あるいは怒りetc……というのが定型だろう。
 言うまでもなく<秘密>とは、上記の2ジャンルに限らず、多くの物語という枠組の中でその成否を決める一大要素となっている……というのは言い過ぎか。
 ……その一方で、現実の世界においては<秘密>は往々にして「知らない方がよかった事」でもあるようで。

 今回は―個人の秘めた過去やある家系に伝わる<秘密>から、人類の歴史、世界の帰趨、さらにあの国民的アニメに纏わる<秘密>等々、全16編収録。

 以下、各作品の概要と簡略な感想。

壁の中(織守きょうや)
 作家を訪ねて来た若い女は「あなたの秘密を知っている」と告げる。作家の人気作のヒロインを名乗るその姿は、彼がイメージするキャラクター像そのままだった。
―タイトルから想起する通りポーの傑作短編が一つのモチーフ。その上に描かれる<秘密>が醸す恐怖は、作家のみならずクリエイターなら誰しも共感するのでは。

私の座敷童子(坂入慎一)
 広い旧家で独居する父と暮らすため実家へ戻った主人公。実家の蔵の座敷牢には年齢不詳の薄汚れた男―父親は“座敷童子”と呼んだ―が居り、彼女もかつて目にしていた。
―座敷童子の新解釈、か。提示されていたいくつかの謎(ここでは<秘密>か)が、明確に書かれずとも明らかにされるラストは、巧い。

インシデント(黒澤いづみ)
 感染症が世界規模で猛威を揮う時代、リモートワーク中のマイク越しに同僚から発せられる異音に気付いた主人公。同僚は「自分も感染した」と白状するが―。
―世界規模のパンデミック下で進行するウイルスの恐るべき生存戦略……だが、状況が状況だけに「ただのホラーSF」と笑い飛ばすこともできないのが怖い。

死して屍知る者無し(斜線堂有紀)
 誰もが死後「転化(てんげ)」によって動物に生れ変る世界。12歳のくいなは兎に転化することを望んでいた。
―牧歌的ユートピアのような世界に隠された<秘密>。

胃袋のなか(最東対地)
 夫の不倫を苦にして家出した女性のスマートフォン。その留守電に残されたメッセージから浮かび上がってくる<秘密>と、恐ろしい真相。
―留守電のメッセージだけで構成された作品だけに、最後はどうしてもああいう説明口調にならざるを得ない、か。

乳房と墓──綺説《顔のない死体》(飛鳥部勝則)
 芸大多浪中の下村は、アルバイト講師を務める塾の生徒、城戸ヘルガが森の中で首なし死体を捨てるのを目撃する。
―クライマックスまで二転三転する謎解き。捻った上できれいに着地。

明日への血脈(中井紀夫)
 飲み屋を営む“私”は、常連の学生が新規客の女性と割ない仲になったのを知る。
―スナックと思しき酒場で繰り広げられる大人の交流が、いつしか新たな人類史構築の実験の話に。お色気要素入りバカSF(褒め言葉)はどこか懐かしい昭和の雰囲気。

夏の吹雪(井上雅彦)
 失踪した母の思い出、転校生の少女が見せてくれたスノーグローブ、「雪女に助けられた」という少女の父親の話。
―<秘密>というテーマから「雪女」をモチーフに書いたとのことだが、いつも以上にガジェットが散乱している感あり。カットバック風に時系列を入れ替えるのはこの人の作風でもあるけれど、イメージが鮮烈だけに余計取っ散らかり気味な印象で残念。

蜜のあわれ(櫛木理宇)
 24年ぶりに地球を訪れた“わたし”はあるレストランを訪れた。総料理長に会ってあることを確かめるために―
―2人の会話とグルメ描写でほぼ物語が進む。後半のとある描写は……多分に現代的。

霧の橋(嶺里俊介)
 正月休みに家族で義実家を訪ねた壁沼はフリーマーケットで老人から妙な石を買う。雨上がり、自宅がある都心方面は深い霧に覆われていた。
―今の妻には隠している<秘密>。それに纏わる罪悪感か、(あの時違う選択をしていたら)という思いが見せた幻覚なのか。

貍(やまねこ) または怪談という名の作り話(澤村伊智)
 従兄から聞かされた、彼が小学生の頃の同級生の何とも奇妙な話。
―誰が言ったか知らないが「ホラーとは即ちホラ話」ということか。「ホラー作家は、人を喰って生きている」という紹介コメントの言葉も宜なる哉。しかしあの国民的アニメを、まぁ……w

嘘はひとりに三つまで。(山田正紀)
 葬儀でのある“事件”について調査を依頼された探偵。調査の過程で浮かび上がる様々な人々の嘘と<秘密>と真実。
―この物語も会話文のみで語られる。<秘密>って○○だろなと中盤で予想がついてしまったのは自分の感覚が歪んでしまっているからかもしれない。

生簀の女王(雀野日名子)
 虐待する男から逃げたメグミはデパ地下の鮮魚売場で働くことになる。売場の人間は皆それぞれ事情を抱えており、閉店後のある儀式を終えると売場からいなくなっていた。
―勘のいい読者なら最初のページでこの話のモチーフに気付くか(自分は気付けなかった)。個人的には、デパ地下の鮮魚売場よりアメ横センタービルの地下1階を想像してしまった。

風よ 吹くなら(皆川博子)
―物語ではなく、散文詩。ストーリーよりもそのイメージの美しさを感じればいいのだろう。夜になると「駅は二つに折りたたまれる」というフレーズがなぜか印象に残る。

モントークの追憶(小中千昭)
 新型コロナの感染拡大がひとまず落ち着き、久々に会った同業者から聞かされる様々な陰謀論や都市伝説の類。その中で同業者は都下にある奇妙な施設について語り出す……。
―作品内で羅列される、新型コロナに纏わる陰謀論や大手メディアで語られぬ虚実入り混じった情報。著者はそれらをガジェットにしてメタフィクションを書きたかったのだと思う。最後の一行が著者なりの決意表明とも思うが。
……ちなみに紹介文ならびに作中で触れられている某施設は自宅からそう遠くない。

世界はおまえのもの(平山夢明)
 クリニックを営む主人公に5年来カウンセリングにかかっていた患者が自殺した。その死後、患者が差出人になった1冊のノートとメモが彼の元に届く。
―自分達を取り巻く普通の世界がある日突然崩壊することの恐ろしさ。「猿の手」+「Death Note」というモチーフをここまで悍ましく、恐ろしく、悲しく書けるものか。大トリに相応しい圧巻の一編。




 あくまで個人的印象だが、<秘密>というテーマからミステリ寄り、あるいは幻想系やファンタジックな作品が多いかなという予想に反し、モダンホラーの味わいを感じるような作品が多かったようで、その辺りも嬉しかった。

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「蠱惑の本 《異形コレクション50》」 [Book - Horror/SF/Mystery]

《異形コレクション》復活第2弾。テーマはずばり『本』。

「蠱惑の本≪異形コレクション50≫」監修)井上雅彦(光文社文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
 祈念すべき五十冊目を〈本〉を愛する皆様に送ります。
 貴方の本棚に、どうか、もう一冊、闇色の本をお迎えください。
 本は、常に私たちの身近にあって、あらゆる「世界」を閉じ込めた存在でした。本を開きさえすれば、脳裏に飛び込んでくる「未知」の世界。
 そこには人生を変えてしまうような出会いもある筈です。
 記念すべき五十巻目の《異形コレクション》を〈本〉に関わるすべての人々に捧げます。
                                   (編集序文より)


IMAG1995_20210129004647.jpg 昨年11月、9年の眠りから目を覚ました《異形コレクション》。復活第1弾である『ダーク・ロマンス』に続き、12月には第2弾である本書が刊行された。通算第50巻という記念の1冊でもある今回のテーマは『本』。編者序文によればこのテーマは創刊当時から候補となっていたテーマなのだそうで。
 本―書物テーマの怪奇幻想……《異形》に収録されるような作品といっても、いわゆる曰く付きの本やクトゥルー神話のガジェットにあるような魔導書とか、稀覯本を手に入れたら怪物が現われたとか、それこそM.R.ジェィムズの作品にあるようなものは殆ど無く(そりゃそうか)、「人間が本になる」(ブラッドベリ『華氏451度』みたいな)ものが印象に残る。〈本〉は必ずしも「文字が書かれた(印字された)紙が束ねられたもの」とは限らないということか。思い起こしてみれば、クライヴ・バーカーの傑作短篇集(無論これも序文で言及されている)『血の本』シリーズも、個々の作品は独立した短篇ではあるものの、それらは全てある男の身体に刻まれ血で綴られたもの―という設定の枠物語があったわけで。
 また、故人あるいは終活として蔵書を処分するという(住宅問題も含め)設定が用いられた作品も複数あって、これはいかにも現代―それも身近で切実な問題よなぁ、と。

 収録作15篇。以下簡単な感想を。

蔵書の中の(大崎梢)
 亡くなった祖父の蔵書引き取りに立ち会うことになった大学生の主人公。予定時間の前に一人の老婦人が「祖父に貸していた本を返してもらいたい」と訪ねて来る。彼は婦人と書庫になった離れで探し始めるが。
―「本には人の気持ちや感情が宿りやすい」(本文より)。それが時に異形となって顕現するということか。余談だがこういう〈離れ〉を書庫にするというのは本好きの夢だろうけれど、書庫で遭難しそうになるのは“悪夢”だろうなぁ。
砂漠の龍(宇佐美まこと)
 匈奴の騎馬民族の襲撃から辛くも助け出された少年は、涸れ谷で死んでいる馬賊たちを見つける。彼を救った行商人は「砂漠の龍が現われた」と語る―。
―中世のアジアが舞台のファンタジーと思いきや、そこから一気に物語は現在の日本が舞台に変り、そしてさらにダークな展開を帯びていき、クライマックスで序盤のストーリーと結びつく。年寄りが亡くなった家に(訳アリな)若者が移住してくるという展開に何となく既読感を覚えたのだが、昨夏に読んだ「小説現代」9月号の『氷室』も同じ著者だった。
オモイツヅラ(井上雅彦)
 ヴィクトリア朝期のロンドン、主人公はモンタギュー街にある若い女性精神科医の診療所で働くことになった。ただし助手ではなく、書庫を管理する司書として。
―著者の過去作をはじめ舞台となる時代の様々なガジェット、さらには日本の御伽噺まで詰まった、まさに遊び心たっぷりの一篇。書いていて楽しかったんだろうな、と。
静寂の書籍(木犀あこ)
 老齢の常連客の蔵書を引き取ることとなった古書店主。会話の中で客が言及したある本に強い興味を覚えるが、老人は「それだけは譲らないし見せる気もない」と断言する。事情により追い込まれていた店主は……。
―タイトルにもなっている『静寂の書籍』、老人が頑なに隠していたその本がいかなるものだったのか。それが明らかになる件はぞわっとさせられる。視覚と聴覚の違いはあれ、D.マレルの某傑作中編を思い出した。
蝋燭と砂丘(倉阪鬼一郎)
 ある在野の俳人から毎年贈られてくる個人句集。「蝋燭と砂丘」の題がついた今年の句集は終末感や幸薄感に満ちた、これまでと異なる不気味さを帯びていた。
―近年では時代物や歌人/俳人としての活躍が顕著な著者。『異形―』初期に倉阪作品に出会った者としては、この人の作品は「鋭利な残酷さを帯びた怪奇恐怖譚」なのだが。参加作家陣に名前を見つけて期待してた分、個人的には少々物足りなかったかも。
雷のごとく恐ろしきツァーリの製本工房(間瀬純子)
 イヴァン雷帝下のロシア。製本職人としてデンマークから招かれたハンスは、工房を訪れたツァーリ一行に聖書の活版印刷の様子を見せることとなった―。
―闇の出版史の一挿話ってとこか。初読した時はなんでこういう展開なのか読み取れず。
書骸(柴田勝家)
「本の剥製を作ること」を趣味とした男。彼を愛し続けた妻が語る話。
―冒頭の一行で一気に引きずり込まれる読者も相当多いだろうが、自分は(ん、ちょっとニガテな方面かも)と身構えてしまった。奇想、奇譚としか言いようがないのだが、後半の展開、さらに語り手である妻も「信頼のできない語り手」であると考えると……。
本の背骨が最後に残る(斜線堂有紀)
 人が「本」となった世界。誤植のある「本」は『版重ね』と呼ばれる議論を「本」同士が行い、敗れた方は焚書となる。
―設定こそファンタジーではあるが、こじつけや詭弁によって「物語」が当初の姿から変容していくことは現実に起こっている話でもあって。
河原にて(坂木司)
 ベビーカーを押して散歩をしていた私は、河原で焚火をしている男を見かける。男が本を燃やしているのに気付いた私は、ベビーカーに入れていた育児書を燃やしていいかと男に尋ねるが―。
―育児の最適解を求めて、膨大な情報に翻弄され倦み疲れてしまう……子育て中の女性にとっては切実な問題なのだろう。終始軽妙なトーンでどこが異形?と思っていると「おっ」となるが、ラストすらも軽やか。
ブックマン―ありえざる奇書の年代記(真藤順丈)
 奇書蒐集家であった母方の叔父が「ぼく」に託した本とは、母(ぼくにとっては祖母)を中心に一家の奇妙かつ壮大な歴史が綴られた「叔父自身」だった。
―「人を読み、さらに書く」という異能力、これってヘブンズ・ドアー?と思ってしまうのはニワカ過ぎるか。でも人間とはある面、記憶やら言葉やら種々雑多膨大な情報で出来ているものとも言えなくもないわけで。ラストで明かされる事実に素直に驚かされる。
2020(三上延)
「本の島」として注目を集め始めた文之島は、2年前に亡くなった人気女流作家の出身地であり、終の棲家でもあった。この島に新しい司書として訪れた私は、かつてはその作家を師と仰ぎ親交もあったのだが。
―大長編のベストセラー・シリーズの知られざる秘密、ということか。一族の、そして選ばれた者の宿命とは、言い換えれば呪いと言えなくもない。タイトルが意味するのが年号だけでないという仕掛けが面白い。
ふじみのちょんぼ(平山夢明)
 ルール無用の殺し合いのような格闘ショーで日銭を稼ぐちょんぼは、どんな重傷すら数日で快復してしまう不死身の男。彼はある〈本〉の世界に入ることで傷を癒やしていたのだった。昔施設で妹のように可愛がっていたサヲが、ある日ちょんぼを訪ねて来る。
―言うなれば平山流“あしたのジョー”か。「貧乏でどうしようもないけどみんな妙に元気」な人間喜劇を書きたくなった―のが近年の著者らしいが、かつての乾いた狂気に代わりウエットなおかしさと物悲しさが覆う分、ラストの救済の残酷さも際立つ。最後のシーンもあの作品へのオマージュかと。
外法経(朝松健)
 侍所頭人の多賀高忠は、洛中で続けて起こる怪事に頭を悩ませていた。思案の末一休禅師に相談するため庵を訪ねると、一休は不在で自分宛の手紙が用意され、そこには「目の前にいる侍女の森(しん)に子細を話し、怪事のあった場所に行ってみよ」と書かれてあった。
―老齢の一休禅師と盲目の侍女森のコンビ。NLQ Vol.19まで連載された《一休どくろ譚》でお馴染みだったが、異形コレクションにもようやく復帰で喜ばしい―と言いたいところだが、今作では禅師は手紙のなかでのみの出演。というより今作は本書と同時期に刊行の長編「血と炎の京 私本・応仁の乱」と《一休どくろ譚》との世界を繋ぐ前日譚なのだとか。最後に判明する今作の〈魔〉の正体、自力ではわからず調べてみてようやく理解した次第。
恐 またはこわい話の巻末解説(澤村伊智)
「恐」というタイトルのホラー傑作選の巻末解説。編者によって収録21作品の解題等が語られるが、その隙間から徐々に不穏なものが漂いはじめ―。
―架空のアンソロジーの巻末解説という体裁。各作品のタイトルも著者名もすべて創作だが、それと似たような、あるいはネタ元になっているような実際の作品を考えてみるのも一興かも。前巻『ダーク・ロマンス』収録の「禍 または2010年代の恐怖映画」といい、この著者は紙面から立ち上るような禍々しさを描くのが本当に巧い。
 監修者の言葉にもあるように、澤村氏にはぜひ一度ホラー・アンソロジーを編んでみてほしい。
魁星(北原尚彦)
 ある日、私(北原尚彦)は横田順彌氏とのいつもながらの雑談の折、耳慣れぬ神社について尋ねられる。数年後、あることをきっかけに横田氏はその神社が「魁星神社」といい、古本に関するご利益があることを語るのだが―。
―個人的に横田順彌にほとんど思い入れはないのだが(といっても異形コレクション初期の押川春浪シリーズは独特の雰囲気で楽しんだ記憶はある)、故人との交流の思い出を虚実入り交えて語った本作は切なくもありまた面白い。著者が今一度“異形ファン”に向けて発表した弔辞なのかなとも感じたり。


 今にして思うと、前巻は復活を告げる華々しさや悦び(禍々しさも多分にあり)に彩られていた一方で、そのテーマの意味合いの広範さ故に、テーマ・アンソロジーとしての統一感みたいなものは若干薄まっているような気がしないでもない。その意味で今巻は〈本〉というテーマに沿った、かつての《異形コレクション》の雰囲気が帰ってきたようにも感じられた。

 次巻がいつ頃なのか、テーマは何になるのかはまだ不明だが、次も愉しみなことは間違いない。

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