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「秘密《異形コレクション51》」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 昨秋、待望の復活を遂げた≪異形コレクション≫。
 復活第3弾のテーマは『秘密』

「秘密《異形コレクション51》」監修)井上雅彦(光文社文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
<秘密>それは幻想怪奇(ホラー)と推理小説(ミステリ)を生み出す源泉。
今回のテーマは、私たちの最も身近な存在です。それは……秘密―。
おそらく、私たちの誰にとっても、ひとつや、ふたつは、密かに持っているものでしょう。
誰もが知っている<秘密>の味。だからこそ、<秘密>をめぐる物語は、魅力的です。あらゆるジャンルを超えた≪異形コレクション≫という秘密の隠れ家で語られる極上の物語。心ゆくまでご堪能下さい。                                (編集序文より)


 この6月にこの第3弾が刊行されてすぐに購入していたにも拘わらず、理由もなく積読のままでいるうちに第4弾「狩りの季節」が今月刊行となっていた(今回はこれを読んでいる途中で購入)。これまでこのシリーズは創刊当時から全冊刊行直後に購入し、次巻が出る前に必ず読了していたのだが。やはり趣味方面の読書ペースが極度に落ちたことも原因か。とはいえ他には読んでいた本もあるのだから、10ヶ月もブログを放置した言い訳にはならないのだけれども。

 閑話休題。

 今回の<秘密>というテーマ。上掲の編集序文にもある通り<秘密>とは怪奇幻想でも推理小説でもそれが一つの肝となる。正確にいえば事件によって“謎”が提示され、それが徐々に明かされていく過程で<秘密>の存在が立ち上がり、さらにそれが明らかになることによって読者の感情を揺さぶる―衝撃、感動、涙、あるいは怒りetc……というのが定型だろう。
 言うまでもなく<秘密>とは、上記の2ジャンルに限らず、多くの物語という枠組の中でその成否を決める一大要素となっている……というのは言い過ぎか。
 ……その一方で、現実の世界においては<秘密>は往々にして「知らない方がよかった事」でもあるようで。

 今回は―個人の秘めた過去やある家系に伝わる<秘密>から、人類の歴史、世界の帰趨、さらにあの国民的アニメに纏わる<秘密>等々、全16編収録。

 以下、各作品の概要と簡略な感想。

壁の中(織守きょうや)
 作家を訪ねて来た若い女は「あなたの秘密を知っている」と告げる。作家の人気作のヒロインを名乗るその姿は、彼がイメージするキャラクター像そのままだった。
―タイトルから想起する通りポーの傑作短編が一つのモチーフ。その上に描かれる<秘密>が醸す恐怖は、作家のみならずクリエイターなら誰しも共感するのでは。

私の座敷童子(坂入慎一)
 広い旧家で独居する父と暮らすため実家へ戻った主人公。実家の蔵の座敷牢には年齢不詳の薄汚れた男―父親は“座敷童子”と呼んだ―が居り、彼女もかつて目にしていた。
―座敷童子の新解釈、か。提示されていたいくつかの謎(ここでは<秘密>か)が、明確に書かれずとも明らかにされるラストは、巧い。

インシデント(黒澤いづみ)
 感染症が世界規模で猛威を揮う時代、リモートワーク中のマイク越しに同僚から発せられる異音に気付いた主人公。同僚は「自分も感染した」と白状するが―。
―世界規模のパンデミック下で進行するウイルスの恐るべき生存戦略……だが、状況が状況だけに「ただのホラーSF」と笑い飛ばすこともできないのが怖い。

死して屍知る者無し(斜線堂有紀)
 誰もが死後「転化(てんげ)」によって動物に生れ変る世界。12歳のくいなは兎に転化することを望んでいた。
―牧歌的ユートピアのような世界に隠された<秘密>。

胃袋のなか(最東対地)
 夫の不倫を苦にして家出した女性のスマートフォン。その留守電に残されたメッセージから浮かび上がってくる<秘密>と、恐ろしい真相。
―留守電のメッセージだけで構成された作品だけに、最後はどうしてもああいう説明口調にならざるを得ない、か。

乳房と墓──綺説《顔のない死体》(飛鳥部勝則)
 芸大多浪中の下村は、アルバイト講師を務める塾の生徒、城戸ヘルガが森の中で首なし死体を捨てるのを目撃する。
―クライマックスまで二転三転する謎解き。捻った上できれいに着地。

明日への血脈(中井紀夫)
 飲み屋を営む“私”は、常連の学生が新規客の女性と割ない仲になったのを知る。
―スナックと思しき酒場で繰り広げられる大人の交流が、いつしか新たな人類史構築の実験の話に。お色気要素入りバカSF(褒め言葉)はどこか懐かしい昭和の雰囲気。

夏の吹雪(井上雅彦)
 失踪した母の思い出、転校生の少女が見せてくれたスノーグローブ、「雪女に助けられた」という少女の父親の話。
―<秘密>というテーマから「雪女」をモチーフに書いたとのことだが、いつも以上にガジェットが散乱している感あり。カットバック風に時系列を入れ替えるのはこの人の作風でもあるけれど、イメージが鮮烈だけに余計取っ散らかり気味な印象で残念。

蜜のあわれ(櫛木理宇)
 24年ぶりに地球を訪れた“わたし”はあるレストランを訪れた。総料理長に会ってあることを確かめるために―
―2人の会話とグルメ描写でほぼ物語が進む。後半のとある描写は……多分に現代的。

霧の橋(嶺里俊介)
 正月休みに家族で義実家を訪ねた壁沼はフリーマーケットで老人から妙な石を買う。雨上がり、自宅がある都心方面は深い霧に覆われていた。
―今の妻には隠している<秘密>。それに纏わる罪悪感か、(あの時違う選択をしていたら)という思いが見せた幻覚なのか。

貍(やまねこ) または怪談という名の作り話(澤村伊智)
 従兄から聞かされた、彼が小学生の頃の同級生の何とも奇妙な話。
―誰が言ったか知らないが「ホラーとは即ちホラ話」ということか。「ホラー作家は、人を喰って生きている」という紹介コメントの言葉も宜なる哉。しかしあの国民的アニメを、まぁ……w

嘘はひとりに三つまで。(山田正紀)
 葬儀でのある“事件”について調査を依頼された探偵。調査の過程で浮かび上がる様々な人々の嘘と<秘密>と真実。
―この物語も会話文のみで語られる。<秘密>って○○だろなと中盤で予想がついてしまったのは自分の感覚が歪んでしまっているからかもしれない。

生簀の女王(雀野日名子)
 虐待する男から逃げたメグミはデパ地下の鮮魚売場で働くことになる。売場の人間は皆それぞれ事情を抱えており、閉店後のある儀式を終えると売場からいなくなっていた。
―勘のいい読者なら最初のページでこの話のモチーフに気付くか(自分は気付けなかった)。個人的には、デパ地下の鮮魚売場よりアメ横センタービルの地下1階を想像してしまった。

風よ 吹くなら(皆川博子)
―物語ではなく、散文詩。ストーリーよりもそのイメージの美しさを感じればいいのだろう。夜になると「駅は二つに折りたたまれる」というフレーズがなぜか印象に残る。

モントークの追憶(小中千昭)
 新型コロナの感染拡大がひとまず落ち着き、久々に会った同業者から聞かされる様々な陰謀論や都市伝説の類。その中で同業者は都下にある奇妙な施設について語り出す……。
―作品内で羅列される、新型コロナに纏わる陰謀論や大手メディアで語られぬ虚実入り混じった情報。著者はそれらをガジェットにしてメタフィクションを書きたかったのだと思う。最後の一行が著者なりの決意表明とも思うが。
……ちなみに紹介文ならびに作中で触れられている某施設は自宅からそう遠くない。

世界はおまえのもの(平山夢明)
 クリニックを営む主人公に5年来カウンセリングにかかっていた患者が自殺した。その死後、患者が差出人になった1冊のノートとメモが彼の元に届く。
―自分達を取り巻く普通の世界がある日突然崩壊することの恐ろしさ。「猿の手」+「Death Note」というモチーフをここまで悍ましく、恐ろしく、悲しく書けるものか。大トリに相応しい圧巻の一編。




 あくまで個人的印象だが、<秘密>というテーマからミステリ寄り、あるいは幻想系やファンタジックな作品が多いかなという予想に反し、モダンホラーの味わいを感じるような作品が多かったようで、その辺りも嬉しかった。

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