SSブログ

「M.R.ジェイムズ怪談全集〈1〉」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 英国怪奇小説の巨匠として名高い、M.R.ジェイムズの作品集(分冊の第1巻)。

「M.R.ジェイムズ怪談全集〈1〉」M.R.ジェイムズ/訳)紀田順一郎(創元推理文庫刊)

◆内容紹介
ミステリにおけるコナン・ドイルと並び称されるイギリス怪奇小説の巨匠、M・R・ジェイムズ。彼が学究生活のかたわら創作し、友人や学生たちに語り聞かせた怪談の全てを2巻に収める。第1巻にはラヴクラフトをも嘆息せしめた傑作「マグナス伯爵」や、ありえぬ部屋の怪を描く「十三号室」など、古書・古物趣味に彩られた恐怖の愉しみ溢れる15篇を収録。ホラーの真髄ここにあり。


 このブログを覗くような奇特な人もとい怪奇幻想小説に関心がある方には、M.R.ジェイムズがA.マッケン、A.ブラックウッドと並ぶ近代英国怪奇小説の三巨匠―などといった言辞は今さら無用だろう。
 ジェイムズの短編集というと「消えた心臓/マグヌス伯爵」が先月に光文社古典新訳文庫から刊行されたばかりだが、今回の創元推理文庫版もそちらの内容をほぼ網羅している。訳者が異なる(光文社版は南條竹則氏訳)上、創元版は1、2とも絶版なので、光文社版が新たに出たことはかなり意味があることかと。
 もとより、この創元版の怪談全集2分冊が、著者存命中に出版された1冊版全集(1931)を(未収録の6篇も加えて)新たに訳したものだそうなので、光文社でもそのうち続編として出ない……かな。
 こちらは今年2月に国分寺市の早春書店にて購入。1、2合わせて状態がかなり良かった。

 学者、教育者として生涯を送ったジェイムズにとっては怪奇小説の著作は生業ではなく、あくまでも趣味性の高い副業みたいなものだったようで、それ故に商業的なことを優先的に考えることもなく、どこまでも「自分が好きなもの、面白いと思うものを書く」というスタンスが可能だったのだと思う。その点ではある程度パターンが決まったものが多いとも言えなくもないが、愉しんで書いている余裕も感じられる。


◎序
(1931年版) ……上記の全集の序文
◎好古家の怪談集 ……こちらを訳したのが光文社古典新訳文庫版
・序(1904年版)
・アルベリックの貼雑帳
 17世紀の貴重な写本。何かに怯える堂守はそれを安価で譲るという……。ジェイムズ怪談の処女作。友人が描き初版本に掲載された挿絵が使われている(2枚)
・消えた心臓
 年の離れた従兄に引き取られた孤児の少年。その家では以前にも2人の子供が引き取られていたことを聞くが。ペロー「青ひげ」の変奏といったところか。凄惨なラストが印象的。
・銅版画
 馴染みの画商から送られた銅版画。美術館員はそれが時間を追って変化していくことに気付く。「変化していく絵」という芸術怪談ではおなじみのテーマなのだが、結末は今一つ。
・秦皮の樹
 魔女裁判に関わった貴族が変死した部屋。屋敷を継いだ息子はある日からその部屋で寝起きすることとなったが。「魔女の呪い」がテーマ。ラストのグロテスクさは収録作随一。
・十三号室
 デンマークのある宿の12号室に泊まった男。ある夜、隣室が案内されていない13号室になっているのを目にする。「存在しないはずの部屋」が題材だが、なぜそれ以前は気付かれなかった?
・マグナス伯爵
 ある男が遺したスウェーデン旅行記の草稿。そこには、現地の貴族の初代当主の事績に惹かれていく男の様子が描かれ……。酷薄な伯爵に無意識に惹かれていく様が薄気味悪い。気付いた時には手遅れ、ってか。
・笛吹かば現れん
 休暇で保養地を訪れた大学教授は、礼拝堂の遺跡で金属製の古い笛を拾う。アンソロジーでも頻出の名作の評高い一篇だが、クライマックスで現れる※※※の怪物というのがどうにもユーモラスに思えて怖さが感じられなかった……のだが、挿絵を見ると、うん、怖いかもw
・トマス僧院長の宝
 かつて僧院長が秘宝を隠したと伝えられるドイツの修道院。その謎を記した暗号を解読した男は従僕を伴い現地へと向かう。短いながら三部構成になっており、暗号の謎解きが他作品とは異なる趣を添えている。

◎続・好古家の怪談集
・序(1911年版)
・学校綺譚
 ラテン語の教師はある生徒が提出した作文の答案を妙に気に掛ける。生徒は「無意識にそれが浮かんだ」と語るが……。オチを兼ねた後日譚がやや唐突。
・薔薇園
 敷地内にある朽ちた四阿を整備し薔薇園を作ろうとした夫人は、元の地主であった女性から、子供の頃に其処で自分の兄が見た奇妙な夢の話を聞かされる。いや、そんな曰くがあるなら最初に言ってよ、と言いたくもなるw
・聖典注解書
 閉館間際の図書館にある本を探しに来た初老の男。頼まれて書架へ探しに行った図書館員はその本がタッチの差で貸し出されていたことに気付き……。王道のジェイムズ怪談に遺産相続の謎解き、さらにロマンスのトッピングまで添えた一篇。ここまでハッピーエンドなのも珍しい。
・人を呪わば
 学会での講演を拒否された男は何かと不穏な噂の絶えない人物だった。彼の著書を手ひどく批判した人間はその後変死を遂げていたことがわかる。魔術師から逆恨みされた学者がかけられた呪いを切り抜けるために奮闘するスリリングな一篇。
・バーチェスター聖堂の大助祭席
 急死した教会の大助祭(教会の職制)。語り手の「私」は偶然手にした資料から大助祭の死の秘密を知るに至る。温厚篤実と評判だった大助祭の秘められた過去とそれが受ける報いを日記や書簡類から記した―という体裁で、サスペンスフルなことでは随一。
・マーチンの墓
 17世紀に殺人の罪で絞首刑になった若い男。現地の人間はその男が、殺めた若い娘の亡霊に悩まされていたと語るが。殺人で死刑となった男の裁判の模様が大半を占めるが、当時の階級社会的な視点も垣間見える。
・ハンフリーズ氏とその遺産
 生前面識のなかった伯父から邸宅と土地を遺産として継いだ若者。その庭に櫟(イチイ)の植え込みで作った迷路があり、伯父はそこへ誰も立ち入らせなかったという。迷路や怪異にまつわる因縁などは曖昧なまま、何ともモヤモヤの残る一篇。

『好古家の怪談集』の作品は、
 ある人間が旅先その他で何らかのもの(邸宅、墓所、その他の事物)に触れる
 →そこに何かしら曰くがあることが語られる
 →次第に周囲で奇妙な変異が起こる
 →クライマックスで変異は怪異となって姿を見せる
 →伝聞などの体裁で曰くについての補足や後日談が手短に語られる
といった、ある程度似通ったパターンで書かれている(暗号による謎解きが書かれた「トマス僧院長の宝」もあるが)。結末や曰く、因縁等についてはさらっと流され、くどくどしく描かれないのが特色ともいえる。
 一方『続・好古家の怪談集』の作品は、「聖典注解書」「バーチェスター聖堂の大助祭席」などのミステリ仕立てのものや、魔術師vs学者の駆け引きがテンポよく描かれた「人を呪わば」などバリエーションに富んでいる。
 ジェイムズ作品でアンソロジーに収録されるのは「笛吹かば現れん」「マグナス伯爵」「銅版画」など『好古家の怪談集』からの作品が多いようで、この味がジェイムズ作品の魅力とも言えなくもないが、読み物としてより面白いのは『続~』収録作ではないかとも感じられた。恐怖譚としては読み手にインパクトを与えつつも、正調な英国怪奇小説としての雰囲気を醸し出しているのは『好古家』の方かもしれない、が。

「専門が古代研究であるから、題材は古いものにとったものが多い。―その因縁的怪異を現代とのかかわりあいのなかで語る。その結構の巧みさ、洗練された話術のうまいことは、まず右に出るものがない」
「最初はさりげない、ごく日常的な書き出しから始めて、しだいに暗怪な雰囲気をかもしだしてながら、静かな、そしてたしかな語りくちで、あの手この手、累々層々と、第一、第二のクライマックスへと盛り上げてゆく」
とは平井呈一によるジェイムズ評である。

banner_03.gifにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ ブログランキングに参加しています。
   ↑よろしければ ↑1クリック お願いいたします。

nice!(3)  コメント(0) 

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。