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「茶碗の中の宇宙 ―樂家一子相伝の芸術」展 [Art & Movie]

 昨日は東京国立博物館の「茶の湯」展に行き、その記事をUpしたのだけれども、実はその前日(一昨日)に、この展覧会とセット的に?竹橋の東京国立近代美術館で開催されている樂家の展覧会にも足を運んでいた。

「茶碗の中の宇宙 ―樂家一子相伝の芸術」

 京都での開催は終了したものの、東京では5/21までの開催なので、事前にチケットを購入して時間が空いた際に行くつもりでいた。
 そして一昨日は昼から都内へ出る所用があったのだが、予定の直前になって、先方の突発的な事情によりキャンセルになってしまい、ぽこっと2時間半ほど時間が空いてしまった。そこで思い出したのがこの展覧会。チケットもスマホで表示させるタイプのものだったので、いそいそと東西線に乗って竹橋へ。

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 最近足を運ぶ展覧会は、概ね上野か六本木だったから、近代美術館に来るのはいつ以来だったか……。帰宅後に手持ちの図録やパンフを調べてみたら、8年前('09夏)のゴーギャン展を観に来て以来だった。

 都内に大小含め美術館は数多くあるが、個人的には建物の雰囲気ではここが最も好き。具体的にどこが?と訊かれたら困ってしまうのだがw 一昨年のアレとか昨年のアレとか、六本木よりこっちでやってくれたらよかったのに……なーんて思ってしまうが、ある程度人気と集客が見込めるなら、立地的にもあっちの方が色々と都合がいいんだろうなぁ。 

 自分の浅い知識では、樂焼イコール(初代)長次郎というイメージしかほとんどなく、何を以て”樂焼”とするのかすら知らなかった。

樂焼【Wikipedia】

 東京での開催に先立ち、同展は京都で開催(京都国立近代美術館;'16.12/17~'17.2.12)されていたが、NHK教育の「日曜美術館」で樂焼を採り上げた番組がこの1月に放映されていた。今月初めに、東京での開催に合わせてそれが再放送されていたので、それを視て基礎概念は多少は得られたのだが……。

 入るとまず、長次郎作の二彩獅子がお出迎え。そして初代作の黒、赤の樂茶碗が並ぶのだが―出品リストを見ると、「無一物」や「一文字」、「万代屋黒」といった銘品は今月前半までの展示になっている。なんでー?と、思い出したのが東博の「茶の湯」展。あちらでも初代長次郎の茶碗は主役級のはずだから、あっちに移ってるんだろうな、と納得(実際、この翌日に東博で観ることができた)

 樂家の系図、そして歴代当主の作品が時系列順に展示されていく。現代に続く15代の歴史の中で、千利休に始まり、本阿弥光悦や尾形光琳、乾山兄弟(五代宗入とは従兄弟の関係になる)などの琳派、時の為政者、あるいは時代の変遷の影響を受けながら、各々がどのような個性と作風で”樂焼”を伝承していったのかを観ることができる。そうやって観ていくと、必ずしも初代長次郎茶碗のイメージだけで樂焼を捉えてしまうのが、実はほんの一部でしかないことに気付かされた。
 確かに、初代の作風を頑なに守るだけが伝統ではないわけで、革新性がなければ樂家の”樂焼”はこうも長く続かなかったのだろうな、と。

 後半、というか作品点数でいえば半分以上は、当代(15代)吉左衛門の作品が展示されている。15代の作品は先代(14代)同様に近代芸術の影響が色濃く、アバンギャルドであり原始的荒々しさも持つ、初代の持つ空気とは全く異なるものだが、それもまた”樂焼”なんだろう。
 好きか嫌いかで訊かれたら……ノーコメントw

 図録は購入せず、ポストカードのみ購入して展示室を出た。

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 展示室を出ると撮影スポットがあった。茶室の背景にレプリカの茶碗が置いてあり、これを持ったところを撮影してもらえるらしい。

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 初代長次郎作「万代屋黒」を3Dスキャンし、粘土の主成分であるケイ素(Si)と比重の近いアルミニウム(Al)で削り出して作成したものらしい。が、重さが実物より200g近く重いのだとか。
 せっかくそこまで手の込んだ複製を作るなら、重さもほぼ同じにしてよ~、と思うのはワガママが過ぎるだろうか(^^;)。写しも実際にあるのだから、同じ素材、あるいはセラミックとかで複製を作ることも可能だったんだろうけど、客が手に取るんじゃ万一のこと(手からスルッ、とか)も考えて、割れないようにするしかなかったのかも。
 何れにせよ、200gも違ったら手に取った感触も全くの別物だろうと思ったので、記念撮影はパスw

 時間にも余裕があり、当日券で所蔵作品展(MOMATコレクション)も観られたので、そちらも覗いていく。MOMATってなんじゃいなと思ったが、The National Museum of Modern Art, Tokyoのことなのね。

 本館4階から2階まで3フロアで、明治末~現代アートまでをざーっと観る。それぞれの部屋に何らかのテーマを持って展示されているので、これはこれで面白い。
 4階最上階の南に面した「眺めのよい部屋」は休憩スペース。通りを挟んで皇居、平川濠が一望できる。1週間早ければ、まだ名残の桜が愉しめたのかも。

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 所蔵作品展は基本的に撮影OK(一部作品除く)だったと最後に気付いたwので、1枚だけ記念に。


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「特別展 茶の湯」を観に行く+α [Art & Movie]

 なんの予告もなしに休んでサボってたので、毎度のようにしれっと更新再開しますw
 覗いていただいていた方々、申し訳ありません。

 さて。
 今月から上野、東京国立博物館(平成館)で開催されている「特別展 茶の湯」を観てきた。
 実は先月に、同じく東博で開催されていた「春日大社 千年の至宝」展を会期末間際に観に行っていたが、個人的には期待した割に「……(´・ω・)」だったのだけれど、帰りがけに今回のパンフを見つけて一気にテンションが上がりっぱなし[右斜め上]wで、以来心待ちにしていた。
 いつ行っても混むだろうなとは思っていたが、大名物の国宝「曜変天目(稲葉天目」が期間限定(~5/7まで)で展示されるというのであれば、GWに突入する前の早いうちに行くしかない。
 で、今日は休みを取り、ついでに父が身罷って以来出不精になりがちになっていた母親も連れ出して、午後から上野公園へ。

 神田で中央線から乗り換えようとしたら、人身事故の影響で山手線、京浜東北線とも運転見合わせ(。-`ω-)やむなくメトロ銀座線で上野まで。
 JRならホーム中ほどの階段を上がって公園口改札方面へすぐ出られるのに、慣れない地下鉄駅から行くのでしばし戸惑う+母親の脚力に合わせていたら、時間をロスしてしまい、入館したのは15時半をだいぶ回っていた。

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 全部を具に観ているには時間が足りなそうなので、入口においてある出品目録と、音声ガイド(今回は落語家の春風亭昇太師匠)のプログラムを見比べながら、絞って観ていくことにする。

 茶の湯ということで、最初は室町期、いわゆる"東山御物"からだが……初っ端の牧谿「観音猿鶴図」から見入ってしまう。そして国宝「青磁下蕪花入」、重文「青磁鳳凰耳花入」が並んで展示されたところで脚が止まる。鳳凰耳花入はこの時に一度見ているのだが、この二つを並べて観るとかなり色合いが異なっていることを初めて知る。なにしろ下蕪花入の”青”の美しさと言ったら!青磁といいながらややくすんだ緑がかったようなものが多い中、これがいわゆる”雨過天晴”の色なんじゃないかと。
 ずっと観ていたい思いを振り切って(って大仰なw)次の部屋へ。

 そして、出ました。
 国宝「油滴天目」そして「曜変天目(稲葉天目)」。
 油滴天目は5年前にサントリー美術館で一度観ているが、曜変天目は念願の初ご対面。写真や映像では何度も観てきたが、窯の炎と釉薬の化学反応という偶然が創り出した、虹色に輝く斑文の怖いまでの美しさは……観ていて溜息しか出てこない。「宇宙空間のような」という誰人の評も、さもありなん。
 と同時に、この二つの大名物の造形がまた見事なことを改めて思い知る。バランスを含め一切の破綻がないというか。これが完璧ってことなんじゃなかろうかと思ったり。

 この時点で既にハイテンションを通り越して、半ば熱に浮かされたようになっていたw

 その後は「青磁輪花茶碗 馬蝗絆」等を見入りつつ、次の第二章『侘茶の誕生』→第三章『侘茶の大成ー千利休とその時代』というテーマへ続く。
 二章でも三肩衝の一つ「初花」など、ここでも名前は知っていても初めて実物を拝むものが並ぶが、やはり”茶の湯”といえば千利休。この稀代の傑物(怪物?)の遺した功績は壮大なものであって、それを物語るように、展示される作品の点数も幅も一気に広がりを見せる。茶碗だけに限っても、初代長次郎の黒樂茶碗「ムキ栗」「利休」に「万代屋黒(もずやぐろ)」、赤樂茶碗「無一物」といった、利休の”侘茶”の精神を反映させた樂茶碗、利休亡き後茶道筆頭を務めた古田織部好みの黒織部に伊賀耳付水指「破袋」伊賀花入「生爪」、さらには国宝の志野茶碗「卯花墻」などなど……。「へうげもの」を愛読者の一人として、器とこれらに関わる人物が共に思い出されるので、余計に嬉しくなってしまう。

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 そういえば、古田織部の茶室「燕庵」が会場内に再現されていた。ここは撮影OKだったので(残念ながら、もちろん中には入れず)。

 小堀遠州や松平不昧公好みの茶器、野々村仁清の茶壷などもあって、これらももう少しじっくり観たかったものの、ここでゆっくりしているとショップで買い物する時間もなくなってしまうので、この辺りはやや流し気味に眺めて、閉館5分前にミュージアムショップへ駆け込み、図録等を購入。

 電車に乗る前に、上野駅ecute2Fの「麻布茶房」で一息。
 自分もやはり少々歩き疲れていたのか、滅多に食べないどストレートな甘味をw

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「クリームスイートポテト+黒みつきなこ」+HOTのウーロン茶。

 上に載ったソフトクリームもけっこう濃厚&冷たくて旨い。きなこも黒みつもさほど甘さがくどくなく、下のスイートポテトが温かいので、いっしょに食べるとちょうどいい……んだが、下からの熱でソフトクリームがどんどん溶けていくw
 味、ボリューム、雰囲気共に満足だったんだけど、あとでレシートを見返したら、ドリンクセットのセット料金が一人分余計に入ってた。たった¥200だけども(-_-;)ウーム。

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 今回購入したのは、図録にクリアファイル(A4、A5タイプ各1点)、それにポストカード4枚。なぜ稲葉天目のポストカードが置いてないのだぁ(。-`ω-) 


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 図録の厚さは約3cmとかなりのボリューム。これまで買った展覧会の図録の中で最厚。図版もさることながら、解説やエッセーなど読み応えも相当ありそうな。

 出品目録を見返してみると、今日はまだ展示期間でないものもかなりある。
 今日はやや急ぎ気味での鑑賞となったので、来月後半くらいに再訪して、今度はもう少しゆっくり愉しもうかなと。
 今夏にかけて、その他の上野の美術館でも観てみたいものもあることだし。 


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オフ会→その後 [Other Topic]

 先週土曜日は、恒例ぼんぼちぼちぼちさん主催のオフ会だったわけですが……

 今回ばかりは参加の皆さんにお礼と「お疲れさまでした」を言う前に、
「お騒がせして大変失礼しました」とお詫びしなければならない有様でして。

 土曜はお先に失礼しましたが、翌日の仕事を何とかやり終えて帰宅した後、夜には風邪が本格化、昨日は丸一日寝込んでおりました。そのため、お詫び方々のご挨拶にも廻れず、本当に申し訳ありません。
 オフ会最中に具合が悪くなったのも、その時点で体調を崩していたようです……。

 まだ本調子ではありませんが、明日一日自重すればほぼ復活できるかな、と。
 改めての報告とご挨拶廻りはその後にさせていただく予定です。

 季節の変わり目はやっぱり来ますねぇ。
 皆さんもくれぐれもご自愛下さいまし。

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 占い、ズバリ当たってたな(-_-;) 

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目が、目がぁぁ [Other Topic]

 ……って大げさなことじゃないので(^^;)

 木曜の夜、家族に「その右目どうしたの?」といきなり訊かれる。

「はい?」

 鏡を見てみると右目の白目の外側の一部、黒目のすぐ横に、米粒大で出血したように赤くなり、そこの周囲が充血したようになっていた。痛くも痒くもなく自覚症状はま~ったくないのだが。それに何かブツけたわけでも、強く擦ってもいないので、こんな風になる理由に思い当たる節がない。
※自撮りで右目のアップを撮ってみたのですが、『リング』の貞子のアレみたいになってしまったので、自粛しますw 

 とはいえこの状態を鏡で見ると、知っていても一瞬ギヨっとなる。気になったので検索してみると…… 

  • 結膜下出血 【閲覧注意】
    結膜下出血が原因で視力が低下したり視野が狭くなることはない。
    ・結膜下出血によって赤くなった部分は、出血さえ止まれば、いずれ(1週間~12週間程度)消滅するので、結膜下出血自体は、特に治療を必要としない。
    (以上、Wikipediaより)
    原因はさまざまで、くしゃみ・せき、過飲酒、月経、水中メガネの絞め過ぎなどでも出血します。結膜下の出血では、眼球内部に血液が入ることはなく視力の低下の心配もありません。参天製薬/目の情報ポータルより)
    最も頻度の高い結膜下出血は、原因不明の「特発性」であり、50歳代に多く発症するといわれています。特発性出血は「結膜弛緩」(白目のしわが増えること)との関連が指摘されております。この結膜弛緩は40歳頃から始まり、ちょうど50歳頃に顕著に現れます。結膜弛緩になると、結膜がたるむだけでなく目の血管も折れ曲がった状態になるため、まばたきする際に、たるんだ結膜が眼球内で動き回り、その摩擦で血管が破れやすくなってしまいます。結膜下出血の原因とは?【Medical Note】 より) 

……ということらしい。年齢的にも起きやすくなってる頃に入っていたわけで。
 何れにせよ自覚症状はー木曜夜少し目にゴロゴロ感はあったものの、その後はー全くなし。原因となる場合がある何かの疾患もなけりゃ外傷もない。なら放っておいていいだろ、との結論に至る。

 翌日にはやや小さくなったものの、赤い部分はまだはっきり赤い。土曜の夜になると赤い部分が黒目の横にくっついた状態になり、4日経って今日(日曜)の夜には黒目の右斜め下に小さく赤い部分が見える程度となった。

 まぁ、これなら放置しておいても大丈夫だろう、てことで何らかの治療も一切施していない。

 目の方は見た目以外何の実害もないんだが、火曜日には自宅で急須が割れ、破片で左手中指の関節の辺りを

さ く り

と2センチほどやってしまった。
 甲側の皺が寄っている部分なため、傷口が塞がるまでは絆創膏を貼って、中指をあまり曲げ伸ばししないように固定気味にしていた。PCも使い辛いし、顔を洗ったり髪をセットするのに不便極まりなかったが、今日から少し動かせる程度の貼り方にして様子を見るようにしている。

 何かケガというか……身体に変なことが起こる先週だった。
 これも季節の変わり目かしらん。否、これも加齢現象?……(゚д゚)マズー  

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「泣き童子 三島屋変調百物語参之続」他 [Book - Horror/SF/Mystery]

 作家・宮部みゆきのライフワークとなりつつある”三島屋変調百物語”の第3集。 

「泣き童子 三島屋変調百物語参之続」宮部みゆき著(角川文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
三島屋伊兵衛の姪・おちか一人が聞いては聞き捨てる変わり百物語が始まって一年。幼なじみとの祝言をひかえた娘や田舎から江戸へ来た武士など様々な客から不思議な話を聞く中で、おちかの心の傷も癒えつつあった。ある日、三島屋を骸骨のように痩せた男が訪れ「話が終わったら人を呼んでほしい」と願う。男が語り始めたのは、ある人物の前でだけ泣きやまぬ童子の話。童子に隠された恐ろしき秘密とは―三島屋シリーズ第三弾!

 6篇を収録。 

  • 第一話 魂取の池
  • 第二話 くりから御殿
  • 第三話 泣き童子(わらし)
  • 第四話 小雪舞う日の怪談語り
  • 第五話 まぐる笛
  • 第六話 節気顔 

 表紙の絵は表題作(第三話)のものと思われるが、その可愛いらしい絵柄に反した陰惨な展開で結末も救いがない。第五話「まぐる笛」も、この”三島屋百物語”でやるか!?と驚かされた怪獣+パニックホラーだが、不死の怪物を退治る役目を受け継いだ者が背負うもの、受け継がぬ者は幸いなのか不幸なのか……という問いかけが重く印象に残る(因みにこの話はこれで既読だった)。その分、第四話「小雪舞う日の怪談語り」の、おちかと、出稼ぎの子供を案じて江戸に現れた村の石仏"おこぼさん"とのやり取りには心が温まる思いがする。怪談会の話でもあるので、そこで語られる4つの話―屋敷の増築で逆さ柱が使われたことで起こる怪異、村の木橋に伝わる奇妙な戒め、母の盲いた右目が持つ〈病を見抜く眼力〉の話、そして死の床についた悪党の傍らに夜毎訪れる黒い影―と、どれも奇譚揃い。
 第二話「くりから御殿」はあの3・11の後に発表された作品であると巻末の解説をあったのを見て、納得。子供の頃に山津波で家族も幼馴染も一度に失った男が時折見る不思議な夢と、独り抱え続けた悲痛な思い。それは自分も過去のある一時囚わた思いと似たものであり、そして亭主に対する女房の言葉に、不覚にもボロ泣きさせられてしまうとは思わなかった。
 第五話「節気顔」は、己の死期が近いことを悟った放蕩男が、二十四節気の日に顔を借す―”この世を去った誰かの顔になる”こととなる。男は自分の役割を果たそうとするが……という、これまでに輪をかけて奇妙な話。後述の”商人風の男”が再登場し、おちかも己の役割、そして彼岸と此岸を往来すると思しき”商人姿の男”についてお思いを巡らしていく。 

 どれも単なる「不思議な話/怖い話」や「いい話」に留まることなく、バリエーション豊かな物語世界を構築している。百物語とするならばこの巻終了時点で未だ1/5であり、今後も引き続き楽しませてもらえると思う。 

 タイトルが”参之続”となっているように、既刊は2冊(単行本としては第4集「三鬼 三島屋変調百物語四之続」が昨年12月に刊行されている)。既読ではあったけれど記事にしそびれていたので、ここでついでに紹介。 

「おそろし 三島屋変調百物語事始」宮部みゆき著(角川文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
17歳のおちかは、ある事件を境に、ぴたりと他人に心を閉ざした。ふさぎ込む日々を、叔父夫婦が江戸で営む袋物屋「三島屋」に身を寄せ、黙々と働くことでやり過ごしている。ある日、叔父の伊兵衛はおちかに、これから訪ねてくるという客の応対を任せると告げ、出かけてしまう。客と会ったおちかは、次第にその話に引き込まれていき、いつしか次々に訪れる客のふしぎ話は、おちかの心を溶かし始める。三島屋百物語、ここに開幕!

  • 第一話 曼殊沙華
  • 第二話 凶宅
  • 第三話 邪恋
  • 第四話 魔鏡
  • 第五話 家鳴り

 川崎宿の旅籠の一人娘おちかはある事件によって心を閉ざし、江戸・神田で袋物屋『三島屋』を営む叔父の伊兵衛夫婦の元へ身を寄せ、自ら望んで女中として忙しく働いていた。ある日、急用で家を留守にした叔父夫婦の代役として約束の客を応対することになったおちかは、成り行きから「曼殊沙華の花が怖いのです」と語る、その初老の客の話の聞き役を務めることとなる……”変調百物語”が始まるきっかけが語られる第一話「曼殊沙華」
 第三話「邪恋」で、己の心を苛み続ける惨劇のあらましがおちか本人の口から、先輩女中のおしまが聞き役となって明かされる。第四話「魔鏡」は、眉目麗しい姉弟の道ならぬ恋が家族を崩壊させる。彼らにとり憑き、悲劇へと招いたのは何だったのか。
 そして第五話「家鳴り」は、二話「凶宅」から続く話だが、第一~四話と続く流れに大団円を迎え一つの区切りをつけたようにも思えるし、そこから続く流れを示すようにも。この話でおちかの前に姿を現す、この世ならざる者の”商人姿の男”は、今後もおちかに対峙する敵役?キャラとして暗躍するのか。

「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」宮部みゆき著(角川文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)一度にひとりずつ、百物語の聞き集めを始めた三島屋伊兵衛の姪・おちか。ある事件を境に心を閉ざしていたおちかだったが、訪れる人々の不思議な話を聞くうちに、徐々にその心は溶け始めていた。ある日おちかは、深考塾の若先生・青野利一郎から「紫陽花屋敷」の話を聞く。それは、暗獣〈くろすけ〉にまつわる切ない物語であった。人を恋いながら人のそばでは生きられない〈くろすけ〉とは―。三島屋シリーズ第2弾! 

  •  序  変わり百物語
  • 第一話 逃げ水
  • 第二話 藪から千本
  • 第三話 暗獣
  • 第四話 吼える仏
  •     変調百物語事続

 全て100㌻超の中編4篇に、導入としての「序」、そして後日譚的にある事件が綴られる短編「変調百物語事続」を収録。
 長きに亘り水害から村を守りながらもいつしか顧みられなくなり、挙句封じられた水神が、少年にとり憑き騒動を起こす第一話「逃げる水」
 三島屋の隣家である針問屋住吉屋の一人娘お梅が嫁することとなったが、お梅は事情によりこれまで何度も縁談がダメになっていたという。梅まつりの日も、そして祝言でも影のようにお梅に付き添う頭巾の女。無事に祝言を終えた後、住吉屋の女将でお梅の母お路が《黒白の間》でおちかに語った仔細とは。第二話「藪から千本」は、家にかかった”呪い”、怪異の原因とその祓いの解釈が、どことなく京極堂シリーズに通じるような(と思ったら解説で同じことが書かれてたorz)。お梅に影のように付き添っていた女性、お勝はこの後おちかに乞われ、三島屋で女中として働き、そしておちかの守役を務めることとなる。
 第三話「暗獣」は、三島屋の丁稚・新太が通う手習い所の縁で知り合った若先生・青野利一郎が語る、化物屋敷と噂される屋敷にひっそり棲み、人を恋いながら人と共には生きられぬ暗獣〈くろすけ〉と、その屋敷を隠居先と選んだ老夫妻との温かく、そして切ない交流。
―おまえは孤独だが、独りぼっちではない。おまえがここにいることを、おまえを想う者は知っている。
 老人が別れの際に〈くろすけ〉を諭した言葉は悲しく、優しく、そして力強い。
 この話の序盤に、おちかが若先生と共に出会ったのが自称・偽坊主の行然。その行然は「三島屋の屋根に怪しい暈がかかっている」と言い、その後《黒白の間》で語った、ある隠れ里で起こったある”奇跡”と破滅の顛末ー第四話「吼える仏」は、共同体や集団心理、あるいは信仰といったものが持つ暗い側面にも(隠喩的に)言及しているようで興味深い。
 巻末の短編「変調百物語事続」では第四話の後日譚で、行然が見た”店の屋根にかかった怪しい暈”の正体が明らかになる。
 お勝や若先生、偽坊主、さらには正義感の強い目明し〈黒子の半吉〉親分など、おちかを見守り助ける魅力的なキャラが次々登場し、物語世界が一気に幅を広げた感がある第2集。 

 ところで、第1集「おそろし」は2014年夏に、NHK BSプレミアムでドラマ化されていた(全5回)。

 おちか役を演じた波瑠は、原作に近いイメージで好演だったと思うが、ご存知の通りその翌年下半期の朝ドラで主演しブレーク、一気に大人気女優となったわけで……第2集以降の話もドラマ化してもらいたいと思っても難しいかも。そもそも第3集の巻末時点で、おちかはまだ18歳という設定で、ちょっと年齢的に?か。
 三島屋夫妻役の佐野史郎/かとうかずこ、女中おしま役の宮崎美子他、原作のイメージを損なわない配役、演出だったし、話もおおよそ原作通りに作られていたので、なかなかよかったんだが。
 もしも続編も映像化されるなら、ぜひともお勝=木村多江、黒子の半吉親分=渡辺いっけい でお願いしますw

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「大江戸怪談 どたんばたん《土壇場譚》」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 怪談、ホラー界の鬼才、平山夢明による時代怪談・恐怖譚集。 

「大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚)」平山夢明著(講談社文庫刊) 

◆内容紹介(帯書き+裏表紙から)
死屍累々、江戸最凶の恐怖譚
もうそこは死の崖っぷち。民よ、戦慄け、壊れろ。
”恐怖の申し子”の面目躍如!江戸最凶の怖気と狂気の33連弾。

饅頭のようにブヨブヨと弛んだ肉で土の中から嗤う裸の巨女、味覚を失い踵の胼胖(たこ)から己が摩羅(まら)まで自らを喰い尽くす男、按摩が畳の隙間に隠した盗銭がもたらす阿鼻叫喚―幾百の実話快談を記したホラー界随一の奇才が、死の淵を覗いた江戸時代の人間の哀れと可笑しみを、生き証人かの如く書き表す異形奇譚集。

 平山氏の時代物恐怖譚ということで、10年前に読んだ「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」(竹書房文庫)と内容がダブってるんじゃ……と思ったら、書き下ろしに講談社文庫のPR誌『IN☆POCKET』に連載されたものと、「井戸端~」収録作品の一部を加えたものとのこと。前口上で著者が断っていたが、どうやら竹書房文庫でシリーズ化を目論んでいたものの頓挫したらしい。待ってたけれど続刊が出なかったのはそういうことか……。

 平山氏の本を読むのは久しぶりだが(最近は実話怪談もあまり書かなくなっているようだし、この人の小説にはなぜか元々、今一つ食指が動かない)、時代物ではあろうともやはりこの人の書いたものだな、という感じ。
 時代物を書き始めたきっかけが、故杉浦日向子女史の傑作「百物語」(新潮文庫)に触発されてということだけあって、それに載っていたような―理由も説明もない何とも不可思議な―奇譚(「右」「誘い火」「盥猫」「教え箱」「神通面」など)や妖怪話(「耳閻魔」「転び童」「六斎の間」、そして表紙にもなっている「饅頭女」!)、市井でつましく暮らす人々の優しさや親子の情愛が描かれるやさしい話(「こづかい楠」「汁粉」「妖物二題」「卵居士」他)、そしてこの著者の本領が発揮されたような酸鼻極まる因果応報話、復讐譚(「地獄畳」「魂呼びの井戸」「人独楽」「萎えずの客」「約定」など)のおおよそ三種に分けられるのは「井戸端婢子」とほぼ同じ(33編中13編が再録なのだからそうなるか)。

 印象に残ったのは― 

  • さる大名屋敷の働き者の腰元が、ある時から己だけに聞こえる陰口に悩まされるようになる。自分は気が触れたのだと悲嘆した彼女は暇乞いを申し出、自死を選ぼうとする。(「耳閻魔」
  • 神田の長屋にある井戸が、死に瀕した者の名を呼びかけると助かると評判になる。ある秋の夜更け、ひどく汚れた身なりの女が、瀕死の娘の名を呼んで欲しいと長屋を訪ねてくる。(「魂呼びの井戸」
  • 吝嗇家の医者の屋敷で奉公するお絹は空腹で眠れぬある夜、庭の楠の幹に小さな顔を見つける。呑気な表情を浮かべるその顔が腹立たしくなったお絹は、やにわにその顔をつねり上げ……。(「木の顔」
  • 医者修業で諸国を巡っていた若者が、陸奥のひなびた漁村で一夜の宿を乞う。温かく迎えられたが、村人たちの顔大人も子供も一様に生白い。脈を取ると≪死脈≫、つまり臨終の者の脈を示していた。(「死脈」
  • 性根の曲がった両替屋六兵衛は、新しく出来た軍鶏鍋屋で待たされたことに臍を曲げ、とても旨い鍋の味に嘘の難癖をつけ始める。進退窮まった軍鶏鍋屋の亭主は……。惨憺かつ悪趣味な結末がいかにも平山節な「人独楽」
  • 反物屋に伝わる古い木箱は、紙で封がしてあり、失せ物を尋ねると教えてくれると伝わっていた。新しく嫁入りした娘は中を見てみたいと思い始め……。予想とは異なるオチが何とも可笑しい「教え箱」
  • 薬種問屋の倉掃除で出てきた古い木箱には『不解封之事』の書き付けが。主人が箱を開けると、入っていたのは精緻かつ薄気味悪い《痩男》の能面だった。主人はそれを帳場の鴨居に飾るが……。(「神通面」) など。  

 今回は新録の「しゃぼん」「死脈」が、人の世の悲しさ、虚しさを感じさせて印象深い。特に「死脈」は、冒頭で提示される場所からして、間もなく6年を迎えるあの大災害が執筆のきっかけになっていると思しい。 

 著者の実話怪談が好きな人、杉浦女史の「百物語」を愉しめた人にはいいだろうが、通常の時代小説好きにはまずウケが良くないだろうな、と。
 個人的にはこの系統は嫌いじゃないんで、今度こそ続刊を……(^^;) 

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ミリジャケ―春仕様? [Clothes/Shoes/Goods]

 まだしばらくは冬物のアウターが必須な気候が続きそうですが。

 昨秋に半ば衝動買いしながら、未だ初登板を迎えていないミリタリージャケットがある。

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 春秋用にはこれまで、10ん年前にGAPのセール品で見つけたミリタリー風のシャツジャケットを愛用していたが、さすがにあちこちが傷んで生地もかなりくたびれてきたので、こんな感じのを新調したいなと思っていた。
 定番で選ぶならM65タイプなのだろう。昨今はガチガチのミリタリー仕様のみならず、各ブランドやセレクトショップがファッション方面に振った、シルエットのすっきりしたものも数多く出ているし。かく言う自分も20代の頃はALPHA社のまんまミリタリー仕様のものを、OFFの時は勿論冬場にはスーツの上に羽織って会社に出勤したりしてた。
 現在のトレンドを先取りしてたんだなぁ~(←大いなる勘違い

 とはいえ、せっかく買うならみんなが着てるようなものとは一味違うものを、とついつい思ってしまう。30代後半辺りから定番の良さがやっとわかってきたつもりでも、生来の天邪鬼はなかなか変わらないらしい(-_-;)  

 春秋用に愛用しているのはもう1着、ショート丈のM51モッズコート風のものもあるので、 いわゆるマウンテンパーカみたいなのは除外しつつ、でもM65とはちょっと違うもの……を探し、ネットで色々見ていた。
 そんな矢先の、ある平日休みの日。

 国立駅前で用事を済ませ、普段ならバスに乗ってしまうところを「たまには歩いて帰るか」とぶらぶら歩き出し、バス通りから一つ曲がった時、ちょっとブティック風(死語?)なお店の前を通りかかった。
 いわゆるセレショとは違うし、よくある古着屋でもなさそう。一見した限りではメンズなのかレディスなのか、中にはギャラリーっぽいスペースもあって判然としなかったが、ショーウィンドウにかかってたオリーブグリーンのジャケットが気になり、お店に入ってみる。

 それがここ→Yellow Unicorn
 
聞けば、ヴィンテージ生地やデッドストックなどの素材をリメイクした商品が主らしい。

 で、気になったジャケットについて尋ねてみると、フランス空軍仕様のジャケット(旧)のデッドストックに少々手を加えたものだとか。フランス軍だとF-2ジャケットしか知らなかったが、ためしに羽織らせてもらうとサイズはほぼジャスト。何より、M65に比べシルエットがスリムなのがいい。ただ、その場でお買い上げ[ふくろ]するには財布の中身がちょっと足りなかったこともあって、その日は撤収。

 帰宅して検索してみると、ネットショップ数店で同タイプのデッドストックが、店で聞いた価格の数分の1で売られている……うーん、デザイン料でかなり上乗せってことか(-_-;)。が、同じデッドストックとはいえ店で見た限り現物の状態はかなりいいし、仕入れ先もちゃんとしたところの模様。通販で状態のあやふやなものを購入するよりかえっていいのかも(と自分を納得させてみたり)。 

 2週間ほど置いて再訪してみると、前回とは若干デザインの異なるタイプがあった。ということで購入。
 それが冒頭↑の写真。

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 左胸上と右ポケ下にステンシルのようなデザインが入り、首下のタグの下にお店のロゴがプリント。デッドストックなので生地自体はまっさら~の新品。妙なニオイもありませぬ。

 さていつ着ようかと考えていたら、一気に寒くなってしまい登板延期となった次第。出番は来月入ってからかな……。 

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 店に飾ってあった、店長私物の貴重な初期型ダナーライト。
 初めて行った日は偶然自分もダナーライト1号(ブラウン)を履いていたので、それで話が盛り上がったり。いい味が出てたのでスマホで撮らせてもらった。 

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「死霊を連れた旅人」 [Book - Horror/SF/Mystery]

「山の霊異記」シリーズなど、山岳怪談の手練れによる書き下ろし実話怪談集。

「死霊を連れた旅人」安曇潤平著(だいわ文庫刊) 

◆内容紹介(裏表紙から)
山、海、宿……思い出の旅に忍び寄ってくる亡者の影
山岳怪談の第一人者が綴る二十六の恐怖譚

旅とは、未知の世界に行くことである。その先に楽しい思い出ばかりがあるとは限らない。
「深夜の山小屋に入ってきた男の正体」
「雪の中に飛び込んで消えた山仲間」
「海辺の田舎町を静かに練り歩く謎の神輿」
「旅館の鏡が映した有り得ないもの」……。
旅先で出会った怪異の数々が恐怖の世界に誘う。待望のシリーズ六作目! 

 山及びその他アウトドアアクティビティといったものと全く無縁な(ファッション方面を除くw)自分だが、この人の書く山岳怪談はなぜか気に入って、新刊―但し文庫で―が出るたび購読している。本書を店頭で見かけた際、昨夏に〈山の霊異記〉シリーズの第3弾「幻惑の尾根」が出たばかりでもう新刊……単行本では第4弾(「山の霊異記 霧中の幻影」)が昨年出ていたのは知っていたが、もう文庫化?と早合点してしまったが、どうやら書き下ろしのものらしい。
 となるとなぜメディアファクトリーの「幽BOOKS」の"山の霊異記"シリーズでなぜ出なかったんだろう……とちょっと疑問を覚えたが、帯書きにあるように"山岳怪談"という括りから少し出て、旅―海辺、旅先で詣でた寺にまつわる怪異譚、著者が若い頃に味わった恐怖体験等も収録した、ってこともあるのだろう。
 怖さの純度も、既刊に比べるとだいぶ薄口のような。マンネリというよりは、意図的に濃厚なものを収録しなかったような気もしないでもない。
 とはいえ、山をはじめとした自然の美しさ、厳しさの描写に行数が割かれ、それが話に奥行きを与えている点はこの著者ならではのものであり、他の数多の実話怪談とは一線を画す。

 冒頭の「いわくつきの山」は、舞台となった山をイニシャルで書いてはいるが、昭和史に残る大事件の一端なのだから、どこの山かちょっと調べたらすぐわかってしまうだろう。さもありなん、という話。
「三人の縦走者」「足」「避難小屋」「米を研ぐ」といったお馴染みの山岳怪談、友人夫妻の旅先での体験談「こたつ」「化粧鏡」 、信州安曇野の旧家での出来事「天井裏」、釣り旅行で伊豆に出向いた際に目撃した「小さな神輿」、そして著者自身が垣間見た死の淵にまつわる「背負ってくる」「死の匂い」などなど。

「思い出帳」は、超自然的な怪異は起きないし、異常な人間も(直接は)登場しないけれど、語り手が覚えた恐怖に近い不快感は理解できる。掉尾を飾る「死後の世界」は創作だよなぁと思うのだが、この人の山岳怪談をずーっと読んでいると、ひょっとしてあり得るかも……などと考えてしまったり。 

 この作家の一ファンとしてはまぁまぁ愉しめたのだけれど、どストレートな実話怪談を求める読者には不評だろうなぁ……という気も。 

 それにしてもこの、児童向け怪談本みたいな陳腐なタイトルは何とかならなかったものか。 

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「人形 デュ・モーリア傑作選」 [Book - Horror/SF/Mystery]

 ヒッチコック映画の原作となった『鳥』や、『レベッカ』で高名な閨秀作家デュ・モーリアの初期短編集。 

「人形 デュ・モーリア傑作選」D・デュ・モーリア著(創元推理文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙から)
判で押したような平穏な毎日を送る島民を突然襲った狂乱の嵐「東風」。海辺で発見された謎の手記に記された、異常な愛の物語「人形」。独善的で被害妄想の女の半生を独白形式で綴る「笠貝」など、短編14編を収録。平凡な人々の心に潜む狂気を白日の下にさらし、人間の秘めた暗部を情け容赦なく目の前に突きつける。『レベッカ』『鳥』で知られるサスペンスの名手、デュ・モーリアの幻の初期短編傑作集。 

 短編14篇収録。
"異常な愛の物語"と紹介されている表題作は、謎めいた美女に恋い焦がれた青年の手記という体裁だが、その美女レベッカ(あの長編とは直接関係はない)が持つ秘密は……むしろ非常に現代的かもしれない。
 その他は主に、夫婦、恋人や家族など人間関係の行き違い、すれ違いや相互理解のズレによって炙り出される"人間同士のわかり合えなさ"を描いた作品が多い。

 デュ・モーリアが収録作で描く人物だが、男性は下心を抑えつつも隠し切れず、女性心理を常に量りかねる単純で短気な人物を、愚かしくもどこかコミカルに描いているのに比べ、女性はどれも自己完結型というか思い込みが激しいというか。男性を含む他人に依存しつつ、相手を己の中で美化しては現実に裏切られ傷つく……そんな身勝手さ、愚鈍さを描写する筆は、自身と同性でありながら(否、同性だからか)かなり辛辣だ。「性格の不一致」の"彼女"、「ピカデリー」の娼婦メイジー、「飼い猫」の母と娘、「痛みはいつか消える」の妻、「ウィークエンド」の彼女……。収録作で唯一ハッピーエンド(に思えるが、実は違っているのかもしれない)を迎える「幸福の谷」の彼女ですら、己の夢想癖をよしとし、その白昼夢が現実に表れたことで勝手に傷ついている。
 また「満たされぬ欲求」「ウィークエンド」は共に、今でいうお目出たいバ※ップルの顛末を書いたものだが、それぞれに対する著者の筆致には、愚かしくも健気な二人に対する苦笑混じりの温かさを感じられる前者に対し、後者には侮蔑すら感じられ、全く容赦ない。

 そして掉尾を飾る「笠貝」の語り手ディリーは、誰かに依存し粘着しては、善意、親切、正しい行為と信じて相手の人生を操ろうとする女性。相手はそれに嫌気が差して皆逃げ出してしまうのだが、ディリー自身は「他人の幸せを優先して常に損ばかりしている」と不満を訴え、相手の婉曲な拒絶に気付けない。……現代では何らかの神経症的な症候群で分類されそうな人物だが、その人物像は不快でグロテスク極まりないのだが、実際にいるよね、こういう手合いは……と気付いた瞬間ゾッとする。
「性格の不一致」は、男性と女性では感想も異なるのだろう。自分には"彼"の気持ちはよく理解できる(苦笑)。こんな女性相手はちょっと勘弁してくれと思うし、最後の一言をぶつけられたら完全にOutだろう。だが、女性が読めばこの"彼"は無神経で思いやり、デリカシーがない、と感じたりするのだろう……。やはり男と女というものは、わかり合えるなどただの世迷い言なのかもしれない―なーんて。

 やや毛色が異なるのが「いざ、父なる神に」「天使ら、大天使らとともに」に登場する牧師ジェイムズ・ホラウェイの徹底した俗物っぷり。実年齢よりも若い見栄えと軽妙かつツボを外さぬ話術で、上流階級や社交界に信徒を数多く集めているが、彼にとって大事なのは神でも信仰でもなく、裕福な信徒たちから得られる賞賛と寄付、そしてその余禄であり、彼にとって得にならない相手は眼中にない。貴族の息子の子を宿した少女が自死しようが、貧しい人々に公平な若い副牧師を陥れて教会から排除しようが、彼には何の呵責もない―という呆れるばかりの利己主義とゲスっぷり。だが聖人面して実際はゲスの極みなんて人間、現実でも珍しくないのか。 

 収録作品に怪奇幻想的な要素は殆どないが、人間関係の中でどこにでもあり得る"わかり合えなさ"を否応なしに突き付けて来る、何とも厭な"怖さ"がある。 

 なお、同じく創元推理文庫から4年前に刊行された短編集「いま見てはいけない ―デュ・モーリア傑作集」に収録された作品は、本書よりも後年のものだけあってか、不条理あり、幻想あり、SF風ありとより幅広い作風が愉しめる。

「いま見てはいけない―デュ・モーリア傑作集」D・デュ・モーリア著(創元推理文庫刊)

◆内容紹介(裏表紙より)
ヴェネチアで不思議な老姉妹に出会ったことに始まる夫婦の奇妙な体験、映画『赤い影』の原作「いま見てはいけない」、急病に倒れた牧師の代理でエルサレムへのツアーの引率役を務めることになった聖職者に次々と降りかかる出来事「十字架の道」など、日常を歪める不条理あり、意外な結末あり、天性の語り手である著者の才能が遺憾なく発揮された作品五篇を収める粒選りの短編集。 

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昨年読んだ新書まとめ [Book - Public]

 まとめというほどでもないが、昨年読んでみた新書ばかり、この際並べて記事に起こしてみる。
 そうしないといつまで経っても記事にしなさそうなのでw

「恐怖の哲学―ホラーで人間を読む」戸田山和久著(NHK出版新書刊)

◆内容紹介
テーマはホラー、前代未聞の哲学入門 恐怖は知性だ!
なぜわれわれはかくも多彩なものを恐れるのか?ときに恐怖と笑いが同居するのはなぜか?そもそもなせわれわれは恐れるのか?人間存在のフクザツさを読み解くのに格好の素材がホラーだ。おなじみのホラー映画を鮮やかに分析し、感情の哲学から心理学、脳科学まで多様な知を縦横無尽に駆使、キョーフの正体に迫る。めくるめく読書体験、眠れぬ夜を保証するぜ!
―(表紙見返しより)

恐怖は、怖さ特有の「怖い感じ」をもっている。この怖い感じゆえに、恐怖が御楽になる。それがホラーだ。恐怖を感じる生きものはいろいろいるだろうが、恐怖を楽しむことができるというのは、きわめて人間的な事実じゃないだろうか。なぜ、どのようにして、人は恐怖を楽しめるのだろうか。……このように、恐怖という情動については、考えてみるべき謎がまだまだたくさんある。そして、ホラーというジャンルの存在は、その謎をさらに多様に、さらに深くする。そこに問いがある以上、考えてみますよ、というのが哲学なので、考えちゃいましょう。―「まえがき」より

 人はなぜ「恐怖」という情動を持つのか、
 「恐怖」はなぜ“怖い”必要があるのか、
 にもかかわらず、人はなぜ「恐怖」を―エンタメの枠内等で―愉しむことができるのか、
 作りごと、フィクションとわかっているのになぜ“怖い”のか、
 人はなぜ多種多様なものを怖がることができるのか、
 作りごと、フィクションとわかっているのになぜ“怖い”のか、
 人はなぜ多種多様なものを怖がることができるのか、

……といった命題を考察し解き進めていく一冊。新書なのに450㌻近くあるかなりのボリューム。軽妙な文体で書かれてはいるが、現代哲学的な考察がそのかなりの部分を占めるので、書かれた語句の意味するところが具体的にイメージがし辛いために、門外漢な自分には今一つ入ってこないような。
 本当はまえがきから第1章……と順に読み進めていくことが正しいのだろうし、そう読んでいくことで理解が深まるのだろうと思うが、(イメージのし難さ故に)けっこう難解ではあるし、目次を見ても逆にピンとこない。なので巻末に「本書のまとめ」(p428-429)があるので、そこから逆引き的に興味を持った項目から読んでみるのも一つの手かもしれない。
 1つだけネタバレをするなら、

ホラーを楽しめるのは、怖さを上回る何かがあるからというより、怖さそのものが快楽をもたらすからだ。(→第7章) 

ということらしい。
 そうか。やっぱり「怖い話」を読むことって、快楽なんだw 

「宗教消滅 資本主義は宗教と心中する」島田裕巳著(SB新書刊)

◆内容紹介
かつて隆盛を誇った新興宗教は、入信者を減らし、衰退の一途をたどっている。
著者は、毎年恒例のPL学園の花火が「地味に」なっていることから、日本の新興宗教の衰退を察知。
日本の新興宗教の衰退は、なにを意味するのか――。
本書は、世界と日本の宗教が衰退している現象を読み解きながら、それを経済・資本主義とからめて宗教の未来を予測する。共同体を解体しつくした資本主義は、宗教さえも解体し、どこへ行きつくか。拠り所をなくした人はどうなっていくのか。ポスト資本主義の社会を「宗教」から読み解く野心的な1冊。

イスラム国、
無縁社会、
ゼロ葬―
宗教崩壊は、他人事ではない!

・仏教―真言宗の本山である高野山で参拝者が4割減!
・カトリック―フランスでは空っぽの教会が次々とサーカスに売却
・プロテスタント―韓国で現世利益だけを訴える偽キリスト教が跋扈
・イスラム教―人口増による世俗化で原理主義との対立が激化
・創価学会―婦人部の会員が高齢化し集票能力に翳り
・幸福の科学―若い世代に受け継がれずに90年代の信者が高齢化
・アメリカ―広がるのは病気治しの奇跡信仰ばかり
・中国―バチカン非公認のカトリックを政府が弾圧

 ……と、帯書きの紹介だけでこんな長くなってしまった(-_-;)
 恐らくはここ数年来のISの台頭や相次ぐ宗教―多くはイスラム原理主義派による―テロが、この本の執筆のきっかけでもあったんだろうが、現代の日本、のみならず世界の現状を、宗教を切り口に考察した書といえるか。
 少し前に、10年前(2007年)に刊行された同じく島田氏の「日本の10大新宗教」(幻冬舎新書)を読了していたので、その後の10年弱で日本、そして世界においての宗教的な状況が大きく変わってきているということはわかる。
 筆者は巻末で、世界的な宗教の世俗化、無宗教化、イスラム教の拡大とその後に来る世俗化(イスラム教は本来世俗一体の宗教ではあるが)による形骸化、そして高度資本主義社会において共同体が解体されていき、ひいては宗教どころか社会そのものが存立していかなくなる―と記している。
 実際、資本主義と宗教というものは人類史において密接に関わってきたわけで、日本において戦後、数々の新興宗教が出現、発展したことも、高度経済成長と切り離すことはできないのだが……。確かに、日本における新興宗教の衰退は、若年層の取り込みが出来ておらず団体自体が高齢化してしまっていることが主因なのだろうが、ではなぜ若い世代は”神””信仰”を求めないのか、その辺りももう少し掘り下げて欲しかったような。 

 タイトルや表紙の文言に大仰な感はあるものの、宗教という切り口で現代社会を通覧する上ではそれなりに面白い。 

「キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』」F・W・ニーチェ著/適菜収訳(講談社+α新書刊)

◆内容紹介
名著、現代に復活。
世界を滅ぼす一神教の恐怖!
世界を戦火に巻き込むキリスト教原理主義者=ブッシュ、アメリカの危険を百年前に喝破。

被告・キリスト教は有罪です。私はキリスト教に対して、これまで告訴人が口にしたすべての告訴のうちで、もっとも恐るべき告訴をします。どんな腐敗でも、キリスト教以上に腐っているものはないからです。キリスト教は、周囲のあらゆるものを腐らせます。あらゆる価値から無価値を、あらゆる真理からウソを、あらゆる正直さから卑怯な心をでっちあげます。それでもまだ、キリスト教会の「人道主義的」な祝福について語りたいなら、もう勝手にしろとしか言えません。キリスト教会は、人々の弱みにつけこんで、生き長らえてきました。それどころか、自分たちの組織を永遠化するために、不幸を作ってきたのです。

●キリスト教が世界をダメにする
●仏教の素晴らしいところ
●イエスは単なるアナーキスト
●イエスとキリスト教は無関係
●オカルト本『新約聖書』の暴言集
●キリスト教が戦争を招く理由
●キリスト教は女をバカにしている
●キリスト教が破壊したローマ帝国
●十字軍は海賊
●ルネサンスは反キリスト教運動

 哲学界の巨人、ニーチェ晩年の著作「アンチクリスト」を、平易な現代語に訳した一冊(訳者自身が加筆省略した箇所もあると述べているので、いわゆる"超訳"ともいえるのかも)。
 ニーチェは全編を通してキリスト教を、キリスト教主義を、当時のヨーロッパ社会を支配していたキリスト教的価値体系をこれでもかとこき下ろす(但しニーチェはキリスト教を批判しており、イエス=キリストという人物は非難するどころか称賛している)。
 刊行は1895年、つまり19世紀末のことだが、当時よくこんな本を出版したなぁ、というのが第一印象(ちなみにニーチェがこの本を執筆したのは1888年。膨大な原稿を一気呵成に執筆した後、翌年精神錯乱を発症。母親と妹の介護で11年生き、1900年没)。が、読み進めていくうち、キリスト教というものが実は「戦いを必要とする宗教」である、ということが次第にわかってくる。

 表紙にはニーチェの写真と共に、9・11テロで炎上するWTCビルの写真が使われている。この新書自体の刊行が'05年だから、あの大事件が出版の契機にもなっていたのだろうが……。
 9・11の同時多発テロ、さらには原理主義者、あるいはISによるテロ等でイスラム教だけが何か一方的に危険視されているところがあるが、それではキリスト教は善なのか。宗教的価値体系としてはどちらにも属さぬ日本人として、それらをどう捉えるべきなのか―。ニーチェは「自分の視野は200年後まで見通す」と言ったそうだが、確かに今なお古くなっていないどころか、現代こそ読まれるべき著作なのかもしれない。  

 ……訳者自身に対してはその思想面などで首肯しかねるというか、ちょっと……うーん、って感じはあるのだけれど(-_-;) 

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